Googleの生成AI「Gemini」に、DeepMindが開発した最新の音楽生成モデル「Lyria 3」が統合される動きがあります。テキストや画像に続き、高品質な楽曲生成が可能になることで、クリエイティブ業務の効率化が期待される一方、企業利用においては著作権や権利侵害のリスク管理がこれまで以上に重要になります。
マルチモーダル化の完成形へ:テキストから「音」への拡張
GoogleのGeminiが、DeepMindの高度な音楽生成モデル「Lyria 3」を統合し、楽曲生成機能を強化するというニュースは、生成AIが単なる「テキストチャットボット」から「総合的なクリエイティブスタジオ」へと変貌していることを象徴しています。これまで生成AIといえば、ChatGPTに代表されるテキスト生成や、Midjourneyなどの画像生成が注目されてきました。しかし、Lyria 3の統合は、プロンプト(指示文)ひとつで、BGMや歌唱を含む楽曲を高品質に生成できる時代の本格到来を意味します。
この「マルチモーダル(多模態)」な進化は、AIが人間の五感に近い形で情報を処理・出力できるようになることを指します。特に「音」の領域は、計算リソースの負荷や著作権の複雑さからテキストに比べて社会実装が遅れていましたが、Lyria 3のようなモデルの登場により、そのギャップは急速に埋まりつつあります。
ビジネスにおける「音」の活用とコスト構造の変化
日本企業において、この技術はどのような意味を持つのでしょうか。最も直接的な恩恵を受けるのは、マーケティングや広報、コンテンツ制作の現場です。例えば、自社製品のプロモーション動画を制作する際、従来であればストック音楽サービスからイメージに合う楽曲を探し出し、ライセンス料を支払う必要がありました。あるいは、オリジナルのジングルを外注すれば数万円から数十万円のコストと数日の納期がかかりました。
Gemini上で高品質な音楽生成が可能になれば、動画の雰囲気に合わせたBGMをその場で生成し、微調整(インストゥルメンタルの変更やテンポの調整)を行うことが可能になります。これにより、社内プレゼン資料への音響効果の追加や、SNS向けショート動画の量産体制において、劇的なコスト削減とスピードアップが見込めます。特にTikTokやInstagramのリール動画など、音声が重要な役割を果たすプラットフォームでのマーケティングにおいて、強力なツールとなるでしょう。
避けて通れない「権利の壁」と日本企業の対応
一方で、音楽生成AIの導入には、テキスト生成以上に慎重なガバナンスが求められます。音楽は、作詞・作曲・編曲・実演(歌唱・演奏)といった複数の権利が複雑に絡み合う領域です。Googleはこれまでも、AI生成コンテンツに電子透かし(Watermark)を入れる技術「SynthID」などで対策を講じてきましたが、実務上のリスクは依然として残ります。
日本の著作権法第30条の4は、AIの学習(開発)段階においては柔軟な利用を認めていますが、生成された出力物(生成物)の利用に関しては、既存の著作物との「類似性」と「依拠性」が問われます。もし、生成された楽曲が特定の著名アーティストの楽曲に酷似していた場合、たとえ意図していなくても著作権侵害のリスクが生じます。また、「AI生成物を自社の資産として権利主張できるか」という点も、現行法では明確な保護が得られないケースが多いのが実情です。
企業としては、従業員が面白半分に生成した著名アーティスト風の楽曲を、うっかり公式SNSアカウントで使用してしまうといった「ブランド毀損リスク」を警戒する必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のLyria 3とGeminiの統合事例から、日本の企業・組織が押さえるべきポイントは以下の3点です。
1. 生成AIガイドラインの「マルチモーダル対応」へのアップデート
多くの企業で策定済みのAI利用ガイドラインは、主にテキスト(機密情報の入力禁止など)に焦点を当てています。しかし、画像や音楽、動画の生成が可能になる中で、「生成されたメディアを商用利用する場合の確認フロー」や「他者のIP(知的財産)を侵害しないためのチェックリスト」を早急に整備する必要があります。
2. 「プロトタイピング」ツールとしての割り切りと活用
権利関係がクリアになるまでの過渡期において、最も安全かつ効果的な利用法は「社内検討用」や「発注用イメージの作成(プロトタイピング)」としての活用です。最終的な成果物はプロのクリエイターに依頼するとしても、その前段階でAIを使って具体的なイメージ(曲調や雰囲気)を共有することで、手戻りを減らし、発注品質を高めることができます。
3. クリエイティブ業務の内製化と再定義
簡単なBGMや効果音であれば、非専門家でもAIで作成できる時代になりました。これは、外部に依存していた業務の一部を内製化できるチャンスです。エンジニアやマーケターが、AIツールを使いこなすことで「簡易クリエイター」としての役割も担えるようになるため、組織の人材育成やスキル定義を見直す良い契機となるでしょう。
