Googleの生成AI「Gemini」を騙る偽のチャットボットが出現し、架空の暗号資産への投資を誘導する詐欺事例が報告されました。この事件は単なる消費者被害にとどまらず、日本企業のAI活用における「シャドーAI」リスクや、自社ブランドがAIによって模倣される新たな脅威を示唆しています。本稿では、AIのブランド信頼性を悪用した攻撃の手口を解説し、組織として講じるべきガバナンスとセキュリティ対策について考察します。
信頼をハックする:AIブランドを悪用した詐欺の手口
セキュリティ企業のMalwarebytesによると、Googleの生成AI「Gemini」になりすました偽のAIチャットボットが確認されました。この偽ボットは、正規のサービスであるかのように振る舞いながら、「Google Coin」なる架空の仮想通貨を宣伝し、「7倍のリターンが得られる」といった非現実的な投資話を持ちかけるものです。
ここで注目すべきは、攻撃者が「AIの権威」や「大手テック企業のブランド力」を巧みに利用している点です。ユーザーは「最新のAIが推奨しているのだから信頼できる」「Googleが関与しているなら安心だ」というバイアス(権威への追従)を突かれています。これは技術的な脆弱性ではなく、人間の心理的な脆弱性を突くソーシャルエンジニアリングの一種と言えます。
企業にとっての真の脅威:シャドーAIと情報漏洩
この事例を対岸の火事と捉えてはなりません。日本企業にとって、こうした偽AIサービスの存在は、深刻なセキュリティリスクに直結します。最大のリスクは、従業員が業務効率化のために「Gemini」や「ChatGPT」などのツールを検索し、誤ってこのような偽サイトにアクセスしてしまう「シャドーAI(会社が許可していないAIツールの利用)」のケースです。
もし従業員が、偽のGeminiサイトを本物だと信じ込み、業務上の機密データや顧客情報を入力して「要約」や「分析」を依頼してしまったらどうなるでしょうか。入力されたデータはすべて攻撃者のサーバーに送信され、情報漏洩事故となります。日本国内でも個人情報保護法の改正や経済安全保障の観点からデータの取り扱いが厳格化されていますが、偽サイトへの誤アクセスによる流出は、従来のファイアウォールだけでは防ぎきれない盲点となり得ます。
「自社が騙られる」リスクへの備え
もう一つの視点は、自社や自社サービスがAIによって「なりすまし」の被害に遭うリスクです。今回の事例ではGoogleが標的になりましたが、金融機関、ECサイト、あるいはBtoBサービスを提供する日本企業であっても、そのブランドを冠した「偽のサポートAI」や「偽のコンシェルジュAI」を第三者が勝手に構築するリスクがあります。
生成AIの技術を使えば、特定の企業のトーン&マナーを模倣したチャットボットを短時間で作成することは容易です。顧客が偽のAIエージェントに誘導され、フィッシング詐欺に遭った場合、直接的な攻撃者が誰であれ、プラットフォームとしての企業の信頼は大きく損なわれます。商標権の侵害対応や、顧客への注意喚起のプロセスを、AI時代に合わせて再構築する必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の偽Gemini事例を踏まえ、日本の組織における意思決定者や実務担当者は、以下の観点でAIガバナンスを見直すべきです。
1. 公式ツールの整備とシャドーAIの排除
従業員が怪しい無料ツールや偽サイトに手を出さないよう、会社として正式に契約した安全なAI環境(Enterprise版など)を提供することが最も効果的な防衛策です。「禁止」するだけでは、業務効率化を急ぐ現場の隠れた利用(シャドーAI)を誘発し、かえってリスクを高めます。
2. AIリテラシー教育のアップデート
従来のセキュリティ研修に加え、「AIそのものが嘘をつく(ハルシネーション)」リスクだけでなく、「AIの皮を被った悪意あるサイトが存在する」という事実を教育する必要があります。URLの確認や、ブラウザのブックマーク利用の徹底など、基本的なITリテラシーの再徹底が重要です。
3. ブランドモニタリングの強化
自社ブランドを騙るAIサービスやアプリが出回っていないか、定期的なモニタリング体制を構築することも検討すべきです。特に顧客接点をデジタル化している企業においては、AIによるなりすまし対策が急務となります。
AIは強力なツールですが、その「信頼」を悪用する攻撃者も進化しています。技術的な導入だけでなく、組織的なガバナンスと教育をセットで進めることが、日本企業の健全なAI活用には不可欠です。
