英国の投資情報サイトThe Motley Foolにて、ChatGPTに「今後10年に一度のチャンスとなる株式」を尋ねる実験が行われ、その回答が話題を呼んでいます。この事例は、生成AIを高度な意思決定や予測業務に活用しようとする際、私たちが直面する「本質的な限界」と「正しい付き合い方」を浮き彫りにしています。
ChatGPTによる銘柄選定の実験とその「戸惑い」
英国の金融メディアThe Motley Foolの記事では、筆者がChatGPTに対し、かつてのロールス・ロイス株のような「10年に一度の好機」となり得るFTSE 100(ロンドン証券取引所)の銘柄を尋ねました。しかし、筆者はそのAIの回答に「混乱(Confused)」させられたといいます。
具体的な銘柄名はさておき、この実験結果が示唆するのは、現在の汎用的な大規模言語モデル(LLM)が抱える構造的な課題です。LLMは過去の膨大なテキストデータを学習していますが、リアルタイムの市場センチメントや、財務諸表の行間に隠れた機微を、人間の専門家と同じ文脈で「理解」しているわけではありません。多くの場合、AIはネット上の一般的なコンセンサスや、学習データに含まれる過去の評判を確率的に繋ぎ合わせ、もっともらしい回答を生成します。そのため、専門家から見ると「なぜその結論に至ったのか不明瞭」であったり、「当たり障りのない一般論」であったりすることが多いのです。
確率的生成と「ハルシネーション」のリスク
ビジネスの意思決定、特に金融や戦略策定においてAIを活用する際、最も警戒すべきは「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」と「根拠の欠如」です。
ChatGPTのようなモデルは、次の単語を予測する能力には長けていますが、論理的な推論や真実性の検証を行っているわけではありません。投資判断のように、複雑な変数が絡み合い、かつ結果に対する責任が重大な領域において、汎用モデルをそのまま「オラクル(神託)」として使うことは極めて危険です。これは株式投資に限らず、日本企業の経営企画やマーケティングにおける市場予測などにも同様のことが言えます。
RAG(検索拡張生成)とHuman-in-the-Loopの重要性
では、AIは意思決定に使えないのでしょうか?答えは否です。重要なのは「生のLLM」に頼るのではなく、適切なアーキテクチャを組むことです。
実務においては、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の活用が標準になりつつあります。これは、LLMに回答させる前に、信頼できる最新のニュース、自社の財務データ、有価証券報告書などの外部データベースを検索させ、その事実に基づいて回答を生成させる手法です。これにより、AIの回答に「出典」という根拠を持たせることが可能になります。
また、AIが出した予測や提案を人間が最終確認する「Human-in-the-Loop(人間参加型)」のプロセスも不可欠です。AIはあくまで「情報の整理と初期仮説の提示」を担当し、最終的な判断と責任は人間が負うという役割分担が、特にコンプライアンス意識の高い日本企業には求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の英国での事例は、日本企業がAIを業務に組み込む上で、以下の重要な示唆を与えています。
1. 「予測」よりも「分析支援」へのシフト
AIに未来を予言させるのではなく、膨大なデータを要約・比較させ、人間が判断するための材料を提供させるツールとして位置づけるべきです。例えば、「この銘柄を買うべきか?」ではなく、「この銘柄のリスク要因を過去の決算書から洗い出せ」という使い方が実務的です。
2. ドメイン特化とガバナンスの徹底
金融商品取引法などの規制がある日本では、AIによるアドバイスが法的な問題を引き起こすリスクがあります。社内利用であっても、AIが参照するデータの範囲(社外秘情報の取り扱い)や、回答の根拠を明示させるガバナンス体制の構築が急務です。
3. 期待値の適正な管理
経営層や現場がAIに対し「魔法の杖」のような過度な期待を持たないよう、技術的な限界(学習データのカットオフ時期や推論の仕組み)を正しく理解し、啓蒙することがプロジェクト成功の鍵となります。
