18 2月 2026, 水

コンプライアンス業務を変革する「AIコパイロット」の潮流──ブラックボックス化を回避し、人間の判断を支援する新たなアプローチ

本人確認(KYC)や不正検知のプラットフォームを提供するSumsubが、AIアシスタント「Summy」を発表しました。このニュースは、規制対応(コンプライアンス)領域における生成AI活用の重要な転換点を示唆しています。自律的に意思決定を行うのではなく、あくまで専門家を支援する「コパイロット(副操縦士)」としてのAI活用は、厳格な監査と説明責任が求められる日本企業にとって、極めて現実的な解となり得ます。

「代替」ではなく「支援」:コンプライアンスAIの現在地

AIによる不正検知やアンチマネーロンダリング(AML)対策は新しいトピックではありませんが、これまでの主流は機械学習モデルによるスコアリングでした。しかし、従来のモデルには「なぜその取引を不正と判断したのか」が不明瞭な「ブラックボックス問題」がつきまとっていました。

今回、Sumsubが発表した「Summy」をはじめとする最新の生成AI活用トレンドは、AIを「自律的な判定システム」ではなく、コンプライアンス担当者の「支援エージェント(コパイロット)」として位置付けている点が特徴です。膨大なアラートの中から優先すべき案件を整理し、「なぜ疑わしいのか」を自然言語で要約・提示することで、最終的な判断を下す人間の認知負荷を下げることを目的としています。

ブラックボックス問題と説明可能性(XAI)

生成AI(LLM)をコンプライアンス業務に組み込む最大のメリットは、その「説明力」にあります。従来のアノマリー検知(異常検知)では、数値的な偏差は示せても、その背景にあるコンテキストを言語化することは困難でした。

コパイロット型のAIは、関連する取引履歴やユーザーの行動ログを横断的に分析し、「過去のパターンと異なり、かつ地理的な整合性が取れないため」といった具体的な根拠を提示できます。これは、いわゆるXAI(Explainable AI:説明可能なAI)の実装形態の一つであり、監査対応において「AIが勝手に決めました」という言い訳が通用しない金融・規制産業において、非常に重要な機能となります。

国内の法規制・実務との整合性

日本の金融機関やFinTech企業においても、犯収法(犯罪収益移転防止法)に基づく本人確認や、FATF(金融活動作業部会)勧告への対応など、コンプライアンス業務の負荷は年々増大しています。一方で、現場では慢性的な人手不足が課題となっており、全ての疑わしい取引を目視で精査することは物理的に限界を迎えつつあります。

しかし、日本企業の組織文化や規制環境において、判断の全権をAIに委ねることはリスク許容度の観点から困難です。金融庁の監督指針等においても、外部委託先やシステムの管理責任は事業者にあることが強調されています。そのため、AIが「下読み」を行い、人間が「承認」をするHuman-in-the-Loop(人間が介在する仕組み)のアプローチは、日本の商習慣や規制環境と非常に親和性が高いと言えます。

リスクと限界:ハルシネーションへの警戒

一方で、生成AI特有のリスクである「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」には十分な警戒が必要です。AIが提示した「不正の根拠」が事実に基づかない捏造であった場合、誤った判断で正当な顧客を排除してしまう(False Positive)リスクや、逆に見逃してしまうリスクが生じます。コパイロット導入にあたっては、AIの出力を鵜呑みにせず、担当者が一次情報にアクセスして裏付けを取れるUI/UXの設計や、定期的な精度検証(モニタリング)のプロセス構築が不可欠です。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例から、日本企業がコンプライアンスやバックオフィス業務でAIを活用する際に考慮すべきポイントは以下の通りです。

  • 「自律型」より「協働型」の選択:
    特に規制産業においては、完全自動化を目指すのではなく、熟練担当者の判断をサポートし、処理時間を短縮するためのツールとしてAIを位置付けるべきです。これにより、説明責任を果たしつつ生産性を向上させることができます。
  • 判断プロセスの透明化:
    AI導入の際は、判定結果だけでなく「判定理由」を出力できるモデルや製品を選定することが重要です。これは社内のガバナンスだけでなく、規制当局への対応においても強力な武器となります。
  • 専門人材の役割変化への対応:
    AIが一次スクリーニングを行うようになると、人間の役割は「情報の検索」から「高度な判断・意思決定」へとシフトします。AIツールの操作に習熟し、AIの提案を批判的に検証できる人材の育成が急務となります。
  • スモールスタートとガイドライン策定:
    いきなり基幹業務の判定をAIに任せるのではなく、まずは調査レポートのドラフト作成や、関連法規の照会といった補助業務から導入し、独自の利用ガイドラインを整備しながら適用範囲を広げていくアプローチが推奨されます。

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