欧州議会(EU Parliament)が、サイバーセキュリティとプライバシーへの懸念から、職員のデバイス上での一部AI機能の利用をブロックしたという報道がありました。世界で最も厳しいAI規制法案(EU AI Act)を主導する組織でさえ、実務レベルでのAIガバナンスに苦慮している事実は、日本企業にとっても他山の石ではありません。本稿では、この事例を端緒に、SaaSに組み込まれるAIのリスク管理と、日本企業が取るべき現実的な対策について解説します。
EU議会ですら直面した「意図せぬデータ送信」のリスク
報道によれば、EU議会のITサポート部門は、デバイス上のAI機能がデータをクラウドへ送信していることを確認し、それらを無効化(スイッチオフ)する措置を取りました。ここで注目すべきは、これが「特定の怪しいアプリ」の話ではなく、日常的に使用する業務ツールやOSに標準搭載されつつあるAI機能を指している可能性が高いという点です。
昨今の生成AIのトレンドは、チャットボット形式の単独利用から、オフィスソフトやOSへの「機能統合(CopilotやGeminiの統合など)」へとシフトしています。これにより利便性は飛躍的に向上しますが、同時に「ユーザーが意識しないまま、入力データや文書の内容がクラウド上の推論サーバーに送信される」というリスクも増大しています。EU議会の判断は、機密情報が組織の管理外にあるサーバーへ流出することへの強い警戒感を示したものです。
「見えないAI」へのガバナンスと日本企業の課題
日本企業においても、この「見えないAI」への対応は喫緊の課題です。多くの企業では、ChatGPTなどのウェブサービスへのアクセス制限は実施していても、すでに契約しているグループウェアやOSのアップデートによって追加されたAI機能までは、管理しきれていないケースが散見されます。
特に日本の商習慣では、取引先との秘密保持契約(NDA)や個人情報保護法の遵守が厳格に求められます。もし、従業員が「便利だから」という理由で、契約書の要約や顧客メールのドラフト作成にクラウドベースのAI機能を使用し、そのデータがAIモデルの学習に利用される設定になっていた場合、深刻なコンプライアンス違反につながる恐れがあります。
「全面禁止」ではなく「安全な区画」を作る
EU議会の事例を見て、「リスクがあるならAI機能はすべて禁止すべきだ」と判断するのは早計であり、日本企業の競争力を削ぐことになりかねません。重要なのは、データの重要度に応じた「使い分け」のルール作りと環境構築です。
例えば、一般公開されている情報や社内報の作成などにはパブリックなクラウドAIを利用し、機密性の高い技術文書や個人情報を扱う業務には、データが学習に利用されない「エンタープライズ版」の契約を結ぶか、あるいはローカル環境(オンプレミス)やプライベートクラウド内で完結する小規模言語モデル(SLM)を活用するといったアプローチが有効です。
日本企業のAI活用への示唆
今回のEU議会の動きを踏まえ、日本の経営層やIT責任者は以下の3点を実務に反映させるべきです。
1. 利用中ツールの「デフォルト設定」の棚卸し
現在利用しているSaaSやOSにおいて、AI機能がデフォルトでオンになっていないか、また入力データがベンダー側のモデル学習に利用される規約になっていないか、IT部門主導で再点検を行う必要があります。
2. 「ゼロリスク」ではなく「リスクベース」のガイドライン策定
「AI利用禁止」という硬直的なルールは、シャドーAI(会社に無断でのツール利用)を誘発します。「入力してよいデータ」と「いけないデータ」を具体例とともに明示し、安全な代替手段(企業向け契約のAIツールなど)を提供することが、ガバナンスの実効性を高めます。
3. ローカル処理やRAG(検索拡張生成)の検討
極めて機密性の高い情報を扱う部署では、クラウドにデータを送らないローカルLLMの導入や、社内データのみを参照範囲とするRAGシステムの構築など、物理的・技術的にデータ流出を防ぐアーキテクチャの採用を検討するフェーズに来ています。
