17 2月 2026, 火

AI研修でAI不正利用? KPMG事例に学ぶ、日本企業の人材育成とガバナンスの盲点

オーストラリアの大手監査法人KPMGにて、パートナーを含む多数のスタッフが社内研修の試験でAIを不正利用し、処分を受けるという事案が発生しました。AI活用の推進と倫理的な学習態度はどう両立させるべきか。この事例は、DXやリスキリングを急ぐ日本企業にとっても、組織文化と教育ガバナンスを見直す重要な警鐘となります。

「AIを学ぶ試験」でAIに解答させるパラドックス

The Guardianなどの報道によれば、KPMGオーストラリアにおいて、AIトレーニングの試験中に生成AI等を使用して解答を作成したとして、同社のパートナー(共同経営者クラス)が1万豪ドルの罰金処分を受けました。同社では昨年7月以降、同様の行為で20名以上のスタッフが処分対象となっているとのことです。

監査法人という社会的信頼を基盤とする組織において、しかも経営層の一部が不正に関与していた事実は重く受け止められています。しかし、このニュースを単なる「モラルハザード」として片付けるべきではありません。ここには、AI時代の業務と学習における構造的なジレンマが潜んでいるからです。

業務効率化と個人の能力開発の境界線

生成AI(Generative AI)の登場以降、企業は従業員に対し「AIを活用して業務を効率化すること」を強く推奨しています。プロンプトエンジニアリングを駆使してアウトプットの質と速度を高めることは、現代のビジネスパーソンにとって必須のスキルとなりつつあります。

しかし、教育や能力評価の場においては、話が別です。知識の定着度を測るテストでAIに解答させれば、それは本人の能力を反映しません。ここには、「業務ではAIへの依存・活用が正義」とされる一方で、「学習・評価では自力での回答が正義」とされるという、コンテキストによるルールの逆転現象が存在します。日本企業においても、「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する若手社員や、多忙を極める管理職が、eラーニングや社内テストを「単なる通過儀礼」とみなし、AIを使って形式的にクリアしようとする誘惑に駆られる可能性は十分にあります。

形式主義的なリスキリングからの脱却

今回の事例は、従来の知識確認型テストの限界も示唆しています。AIが容易に正答を導き出せるような選択式問題や単純な記述問題だけで、従業員のスキルを評価することは難しくなっています。日本企業が現在推進している全社的なDX人材育成やAIリテラシー研修においても、「受講完了率」や「テスト合格率」をKPI(重要業績評価指標)に設定しすぎると、現場は手段を選ばず数字を達成しようとするリスクがあります。

本来の目的は、AIの特性やリスク(ハルシネーションやバイアスなど)を理解し、実務で適切に使いこなす判断力を養うことです。テストをAIで突破してしまうことは、その判断力を養う機会を自ら放棄することに他なりません。

日本企業のAI活用への示唆

今回のKPMGの事例を踏まえ、日本の経営層や人事・教育担当者は以下の点に留意してAI活用の制度設計を行うべきです。

1. 利用ガイドラインの「文脈」による明確化
単に「AI利用の可否」を決めるのではなく、「業務遂行においては推奨するが、能力測定や研修課題においては禁止する」といった文脈ごとのルールを明確にし、その理由(本人のスキル定着のため)を周知徹底する必要があります。

2. 評価・教育手法のアップデート
AIで簡単に解ける知識テスト偏重をやめ、実務における課題解決シミュレーションや、AIが出力した回答の誤りを指摘させる演習など、AIが存在することを前提とした評価方法へシフトすることが求められます。

3. 形式主義から実質主義への転換
「研修を受けたこと」自体をゴールにする日本的な形式主義を見直し、実際に現場でどのようにAIを活用して成果を出したか、あるいはどのようなリスクを回避したかといった実務への定着度を評価する文化を醸成することが、真のAI活用組織への近道です。

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