米国のYahoo Financeにて、ChatGPTを用いて「州税のない州へ移住した場合の節税額」を試算させる記事が話題となりました。一見便利なユースケースに見えますが、企業が同様の機能を顧客や社内向けに提供する場合、LLM単体の計算能力に頼ることには重大なリスクが伴います。本記事では、生成AIを数値扱いや専門的なアドバイスに活用する際の技術的アプローチと、日本固有の法的・実務的留意点について解説します。
大規模言語モデル(LLM)は「計算機」ではない
元の記事では、ChatGPTを使って州所得税がある州から無い州(テキサス州やフロリダ州など)へ引っ越した場合の節税効果をシミュレーションしています。個人が参考程度に利用するには興味深い実験ですが、企業のサービスとしてこれを実装する場合、根本的な技術的理解が必要です。
まず理解すべきは、LLMは「次に来るもっともらしい単語(トークン)を予測する確率モデル」であり、論理的な計算を行う「計算機」ではないという点です。単純な算数であれば学習データに含まれているため正答できることが多いですが、複雑な税制条件や変数が絡む計算において、LLMは平然と誤った数値を「もっともらしく」出力(ハルシネーション)するリスクがあります。
実務実装のカギは「Function Calling」と「RAG」の組み合わせ
では、金融やエンジニアリングなどの数値精度が求められる領域で生成AIは使えないのでしょうか。答えは「No」ですが、使い方が異なります。
実務でAIに計算やシミュレーションを行わせる場合、LLM自身に計算させるのではなく、LLMを「インターフェース」として利用するアーキテクチャが必須です。具体的には、ユーザーの自然言語による問いかけをLLMが解釈し、API経由で外部の正確な計算エンジンやPythonスクリプトを実行する「Function Calling(ツール利用)」の仕組みを構築します。
また、最新の税制や社内規定を参照するために、外部データベースから正確な情報を検索して回答に含める「RAG(検索拡張生成)」も併用する必要があります。これにより、「計算は計算機に、説明はAIに」という役割分担が可能となり、信頼性を担保したプロダクト開発が可能になります。
日本における法的リスクと「業法」の壁
日本国内でAI活用を進める際、技術以上に注意が必要なのが「士業法(業法)」との兼ね合いです。今回の元記事のような「税金に関する具体的な相談・試算」をAIが自動で行うサービスは、日本の税理士法に抵触するリスクがあります。
日本では、税理士資格を持たない者が「具体的な税務相談」に応じることは禁止されています。AIが一般的な税制の仕組み(例:「配偶者控除とは何か」)を答えることは問題ありませんが、ユーザー個別の年収や家族構成を入力させ、「あなたはこれだけ節税できます」と断定的なアドバイスを行うことは、非弁行為や税理士法違反とみなされる可能性があります。
法律相談(弁護士法)や医療相談(医師法)も同様です。日本企業がAIチャットボットを導入する際は、あくまで「一般論の提供」や「シミュレーションツールの操作補助」に留め、最終的な判断は専門家に委ねるよう明確な免責事項(ディスクレーマー)を設ける必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの事例を参考にしつつ、日本企業が数値や専門知識を扱うAIプロダクトを開発・導入する際は、以下の3点を指針とすべきです。
1. 「確率」と「論理」の分離実装
LLMに計算をさせず、必ず外部の計算モジュール(APIや計算スクリプト)を呼び出すアーキテクチャを採用してください。プロンプトエンジニアリングだけで計算精度を上げようとするのは、本番環境ではリスクが高すぎます。
2. 日本独自の法規制(業法)の遵守
金融・医療・法律分野では、AIの回答が「独占業務」を侵害しないよう、法務部門と連携してガードレールを設計してください。特にBtoCサービスでは、回答の範囲を「個別具体的な助言」ではなく「一般情報の提供」に厳密に制御する必要があります。
3. 「Human-in-the-Loop」の維持
AIはあくまでドラフト作成や一次シミュレーションの支援ツールと位置づけ、最終的な意思決定や確認プロセスには人間が介在するフローを業務プロセスに組み込んでください。これにより、AIのリスクを管理しつつ、業務効率化の恩恵を最大化できます。
