オープンソースハードウェア大手のAdafruitが、GoogleのGeminiを活用して電子回路設計(EDA)の一部を自動化した事例が注目を集めています。生成AIの適用範囲がソフトウェアコードの生成から、物理的なハードウェア設計の領域へと広がりつつある現状について、日本の製造業が直面する課題と照らし合わせながら、その可能性と実務上のリスクを解説します。
ソフトウェアからハードウェアへ広がるAIの支援領域
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の活用といえば、これまではマーケティング文書の作成やソフトウェアエンジニアリングにおけるコード生成が主戦場でした。しかし、米国の大手オープンソースハードウェア企業であるAdafruitが公開した事例は、AIの能力が物理的な製品開発の領域、すなわちハードウェアエンジニアリングにまで及び始めていることを示しています。
具体的には、AdafruitはGoogleのGemini(特に推論能力に優れたモデル)を使用し、MAX44009(照度センサー)のためのEagleCADライブラリを生成しました。EagleCADは電子回路基板(PCB)の設計によく使われるツールですが、新しい部品を使用するには、その部品の寸法やピン配置を正確に定義した「ライブラリ」を作成する必要があります。これは従来、データシートを目視で確認しながら手作業で行う、極めて地味でミスの許されない作業でした。
「推論能力」の向上とエンジニアリング業務の変革
この事例で重要なのは、AIが単に言葉を並べたのではなく、「データシート(仕様書)の数値を読み解き」「CADツールが読み込める構造化データ(XMLやスクリプト)に変換し」「物理的な整合性を保った」という点です。OpenAIのo1やGoogleのGemini 1.5 Proなどの最新モデルは、複雑な論理推論能力(Reasoning)を強化しており、エンジニアリング特有の厳密なルールを理解し始めています。
日本の製造業、特にエレクトロニクス設計の現場において、部品ライブラリの作成やメンテナンスは、設計者の時間を奪う大きな要因の一つです。AIがデータシートから初期ドラフトを自動生成できるようになれば、エンジニアはより創造的な回路設計やアーキテクチャの検討に時間を割くことが可能になります。
ハードウェア特有のリスクと検証の重要性
一方で、ハードウェア開発におけるAI活用には、ソフトウェアとは異なる重大なリスクが存在します。ソフトウェアのバグはデプロイ後でもパッチで修正可能ですが、ハードウェアのミス(ピン配置の間違いや寸法のズレ)は、基板の再製造という物理的な手戻りを意味します。これには多大なコストと数週間の納期遅延が伴います。
したがって、AIが生成した設計データに対する「検証(Verification)」のプロセスは、従来以上に厳格化する必要があります。AIはあくまで「優秀なアシスタント」であり、最終的な責任を持つ「承認者」は人間でなければなりません。特に、AIが稀に起こす「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」が、物理的な寸法や電気的特性で発生した場合、目視での発見が困難なケースもあります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本の企業・組織が考慮すべき点は以下の通りです。
- 「枯れた作業」の自動化:CADライブラリ作成や仕様書からのパラメータ抽出など、定型的だが専門知識が必要なタスクこそ、最新の推論モデルの適用領域です。人手不足が深刻な日本において、若手エンジニアやベテランの負荷軽減策として有効です。
- 物理的損失のリスク管理:AIのアウトプットをそのまま製造工程に流すことは避けてください。AI生成物の検証フローを業務プロセスに組み込み、ダブルチェックの体制を敷くことが、ガバナンス上必須となります。
- ナレッジの継承と形式知化:熟練設計者のノウハウ(設計思想やチェックポイント)をプロンプトや検証ルールとしてAIに学習・適用させることで、技術伝承の一助となる可能性があります。
- セキュリティへの配慮:未発表製品の仕様書や独自部品のデータをクラウド上のAIに入力する際は、企業の機密情報保護規定に準拠しているか、エンタープライズ版の契約(学習データに利用されない設定)になっているかを必ず確認してください。
