権威ある学術誌『Nature』で紹介された最新の調査によると、米国立衛生研究所(NIH)への助成金申請において、AIを活用した提案書は資金獲得の確度が高まる傾向にあることが示されました。しかし同時に、それらの文章は「個性が薄まる(less distinct)」ことも判明しています。本稿では、この事象をビジネス文書や企画書作成のアナロジーとして捉え、日本企業がドキュメンテーションにAIを活用する際の勘所と、避けるべき「均質化の罠」について解説します。
NIHの研究結果が示す「AI活用と採択率」の相関
科学界のトップジャーナルである『Nature』関連の記事において、興味深いデータが示されました。米国立衛生研究所(NIH)に提出された研究助成金の申請書を分析したところ、AI(大規模言語モデルなど)の支援を受けて作成されたと推定される提案書は、そうでないものと比較して資金獲得のオッズ(確率)が高い傾向にあったというものです。
一見すると、これは「AIを使えば勝てる」という単純な福音に聞こえるかもしれません。しかし、同調査はもう一つの重要な事実を指摘しています。AIが関与した文章は、語彙や構成において「他との差異が小さく(consistently less distinct)」なっていたのです。つまり、AIは文書の品質を一定の「合格ライン」まで引き上げる能力には長けているものの、その代償として独自性や尖った特徴を平滑化してしまう可能性を示唆しています。
なぜAIによる「平滑化」が成功につながるのか
ビジネスの現場において、この現象は非常に示唆に富んでいます。なぜ「個性が薄まった」提案書が高い評価を得たのでしょうか。主な要因として、評価者(読み手)の認知負荷の軽減が挙げられます。
大規模言語モデル(LLM)は、膨大なテキストデータから「最も確からしい」言葉の並びを生成します。その結果、論理構成は破綻がなくなり、専門用語の使い方も標準的で洗練されたものになります。申請書や企画書といった「評価される文書」においては、独創的なレトリックよりも、クリアで誤解のない構造化された記述が好まれるケースが多々あります。特に、形式要件の厳しい公的な申請や、社内の稟議(Ringi)プロセスにおいては、AIが生み出す「欠点のない平均点の高さ」が強力な武器となります。
特に日本企業においては、非英語圏のハンディキャップを埋める文脈で語られがちですが、日本語の文書作成においても同様の効果が期待できます。係り受けのねじれや曖昧な表現をAIが修正することで、読み手のストレスが減り、結果として内容そのものの評価へとスムーズに繋げることができるのです。
業務効率化の裏に潜む「コモディティ化」のリスク
一方で、この「均質化」は諸刃の剣です。AIに頼り切ることで、本来その企業やプロジェクトが持っていたはずのユニークな視点(“Spiky”なアイデア)が、一般的な表現へと丸められてしまうリスクがあります。
例えば、新規事業の企画書や、競合との差別化が重要なプロダクトの仕様書において、AIが生成した「もっともらしい文章」をそのまま採用することは危険です。AIは過去のデータ分布に基づいて出力を行うため、どうしても「常識的」な解に収束しがちだからです。結果として、どこかで見たような、瑕疵はないが驚きもない提案書が量産されることになります。
日本の組織文化では、前例踏襲や横並びを好む傾向があるため、AIのこの特性は組織に馴染みやすい側面があります。しかし、イノベーション創出を目指す局面においては、AIによる「過度な整形」が、本来の価値を削ぎ落としていないか、人間の目で厳しくチェックする必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のNIHの事例を踏まえ、日本企業の実務担当者は以下の点に留意してAI活用を進めるべきです。
1. 用途による使い分け(守りのAI・攻めの人間)
定型的な報告書、コンプライアンス関連の文書、補助金申請の基礎資料作成など、「減点方式」で評価される文書については、AIによる標準化・効率化が極めて有効です。一方で、新規事業のコンセプトやブランドメッセージなど、「加点方式」で独自性が問われる領域では、AIはあくまで壁打ち相手や校正役に留め、コアとなるアイデアと言語化は人間が主導権を握るべきです。
2. ガバナンスと透明性の確保
公的機関への申請や論文投稿において、AIの使用開示を求める動きは世界的に強まっています。日本国内の補助金や助成金においても、今後は同様のルールが整備される可能性があります。企業としては、生成AI利用ガイドラインを策定し、「どの範囲までAIに任せてよいか」「利用事実をどう記録するか」を明確にしておくことが、将来的なリスクヘッジになります。
3. 「AIライティング」を前提とした評価スキルの醸成
部下やパートナー企業から上がってくる文書が「AIによって整えられたもの」であることを前提に、表面的な文章の流暢さではなく、その奥にあるファクトの正確性や論理の深さを評価するスキルが、マネジメント層には求められます。綺麗な文章に惑わされず、本質的な価値を見抜く力が、AI時代の組織能力を左右することになるでしょう。
