米国にて「政府効率化省(DOGE)」が全米人文科学基金(NEH)の助成金削減対象の特定にChatGPTを利用したとされる報道がありました。この事例は、AIが単なる「コンテンツ生成」の枠を超え、組織の「資源配分」や「意思決定」に深く介入し始めたことを示唆しています。日本の企業や行政機関が、膨大な非構造化データを扱う業務においてAIをどう活用すべきか、そして「AIによる判断」のリスクをどう管理すべきか、実務的な観点から解説します。
AIによる「行政事業レビュー」の衝撃とメカニズム
報道によれば、米国の政府効率化省(DOGE)は、助成金の削減候補を特定するためにChatGPTを活用したとされています。これは技術的な観点から見れば、大規模言語モデル(LLM)が得意とする「非構造化データの構造化と評価」の典型的なユースケースです。
通常、助成金や予算の申請書類は膨大なテキストデータであり、人間がすべてを精査するには多大な時間を要します。AIに「特定の基準(例:費用対効果が低い、重複している、目的が不明瞭など)」というプロンプト(指示)を与え、数千、数万の申請書類を読み込ませることで、削減候補をリストアップさせることは技術的に十分可能です。これは日本企業においても、調達コストの査定や、社内の稟議書(Ringsho)の一次スクリーニングに応用できるアプローチと言えます。
効率化の裏に潜む「コンテキスト欠落」と「説明責任」のリスク
しかし、このアプローチには重大なリスクが潜んでいます。LLMは統計的な確率に基づいてテキストを処理するため、文脈(コンテキスト)の深い理解や、数値に表れない文化的・社会的価値の判断においては不完全です。特に「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクは依然として残っており、AIが誤った根拠に基づいて重要なプロジェクトを「無駄」と断定する可能性があります。
また、AIガバナンスの観点からは「説明可能性(Explainability)」が課題となります。「なぜこのプロジェクトが削減対象なのか」という問いに対し、「ChatGPTがそう判断したから」では、行政はもちろん、日本企業のコンプライアンス基準でも説明責任を果たしたことにはなりません。意思決定プロセスがブラックボックス化することは、ステークホルダーからの信頼失墜に直結します。
日本企業における「Human-in-the-loop」の重要性
日本の商習慣や組織文化において、このようなAI活用を進める場合、AIを「決定者」ではなく「監査支援ツール」として位置づけることが不可欠です。これを専門用語で「Human-in-the-loop(人間がループの中にいる状態)」と呼びます。
例えば、経理部門における経費精算のチェックや、法務部門における契約書審査において、AIはあくまで「異常値の検知」や「リスク箇所のハイライト」に徹するべきです。最終的な判断と責任は人間が負うというフローを明確に設計しなければなりません。特に日本では、現場の合意形成(ネマワシ)や文脈理解が重視されるため、AIによるドライな判断をそのまま適用すると、組織内の摩擦を生むだけでなく、法的な瑕疵(かし)を見落とすリスクも高まります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国の事例は、AI活用が「生成」から「評価・判断」のフェーズへ移行しつつあることを示しています。日本企業がここから学ぶべき実務的なポイントは以下の通りです。
- 一次スクリーニングへの限定:膨大な資料からの「候補抽出」には積極的にAIを活用し、工数を削減する。ただし、最終決定プロセスには必ず人間の専門家を介在させる。
- 判断基準の明文化:AIに判断させる場合、そのプロンプト(評価基準)自体を人間が厳密に設計・レビューし、なぜその結果が出たのかを後から検証可能にする。
- データプライバシーとセキュリティ:機密性の高い内部文書や個人情報を含むデータをパブリックなAIモデルに入力しないよう、ローカルLLMの活用やエンタープライズ版の契約など、環境構築を徹底する。
- 「AIのミス」を前提とした制度設計:AIは間違える可能性があるという前提で、誤った判断がなされた際の異議申し立てプロセスや、リカバリーフローを事前に整備しておく。
