生成AIの活用は「コンテンツ生成」から「評価・判断の補助」へと領域を広げつつあります。英国の大学評価制度(REF)における研究環境評価にLLM(大規模言語モデル)を活用する試みは、企業における人事評価やガバナンス、サプライヤー選定といった「定性的な目利き」が必要な業務にどのような示唆を与えるのでしょうか。日本企業が直面する課題と可能性を解説します。
「生成」から「評価」へ:AI活用の新たなフロンティア
生成AI、特にChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)は、これまで文章やコードの「生成」能力に注目が集まっていました。しかし、現在グローバルで急速に関心が高まっているのが、LLMの高度なパターン認識能力を活かした「評価(Assessment)」への応用です。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のImpact Blogで取り上げられた研究では、英国の公的な大学研究評価制度であるREF(Research Excellence Framework)において、AIが「研究環境」の評価を支援できる可能性について議論されています。これは単に論文の引用数などの定量データを集計するのではなく、研究機関が提出する記述的な報告書(ナラティブ)を読み解き、その組織が優れた研究環境を有しているかを判定するという、極めて定性的なタスクです。
この事例は、日本のビジネス現場においても重要な問いを投げかけています。これまで「熟練した人間が時間をかけて読み込まなければ判断できない」とされてきた業務領域に、AIがどこまで介入できるのかという点です。
定性評価におけるLLMの実力と「パターンマッチング」の限界
LLMの本質的な強みの一つは、膨大なテキストデータから「成功パターン」や「論理構造」を抽出する能力にあります。LSEの記事でも言及されている通り、LLMはパターンマッチングにおいて極めて優秀です。たとえば、過去の高評価を受けた申請書や報告書の構造、用語、論理展開を学習していれば、新たな文書がその基準にどれだけ合致しているかを瞬時にスコアリングすることは技術的に可能です。
しかし、ここには実務上の注意点があります。AIは文脈を「理解」しているわけではなく、あくまで「確からしいパターン」を検出しているに過ぎないという点です。
特に日本企業の場合、稟議書や日報、人事評価のコメントなどには、明文化されていない「行間」や「組織固有の文脈(ハイコンテクストな情報)」が含まれることが多々あります。AIは表面的な文章の流暢さやキーワードの有無に引きずられる傾向があり、実態は伴っていないが文章だけが上手な「作文」を過大評価するリスクや、逆に不器用だが実直な内容を過小評価するリスクを孕んでいます。
日本企業における活用領域:コンプライアンスから採用まで
日本国内のニーズに引きつけて考えると、この「AIによる評価・査読」のアプローチは、以下のような領域で実用化が進むと考えられます。
- 採用・人事評価の一次スクリーニング: エントリーシートや自己評価シートの要約・キーワード抽出、および社内コンピテンシー定義との整合性チェック。
- ガバナンス・内部監査: 膨大なメールやチャットログ、報告書の中から、コンプライアンス違反やハラスメントの予兆となるパターンの検出。
- 調達・サプライヤー評価: サプライヤーから提出されたサステナビリティ報告書や品質管理体制に関する記述内容の一次評価。
いずれのケースでも、AIを「最終決定者」にするのではなく、人間の判断を支援する「セカンドオピニオン」や「フィルタリング」として位置づける設計が重要です。
日本企業のAI活用への示唆
英国の学術評価事例を参考に、日本企業が組織評価や定性業務にAIを導入する際は、以下の3点を意識する必要があります。
1. 評価基準(ルーブリック)の言語化と構造化
日本企業は「総合的な判断」や「阿吽の呼吸」で評価を行ちですが、AIを活用するためには、評価軸を明確に言語化する必要があります。「良い研究環境」や「優れた企画書」とは具体的にどのような要素で構成されているのか。この定義プロセス自体が、自社の評価基準を見直す良い機会となります。
2. 「人間参加型(Human-in-the-loop)」プロセスの徹底
AIによる評価は、効率化には寄与しますが、ブラックボックス化のリスクがあります。特に人事やガバナンスに関わる領域では、AIが出したスコアやコメントに対し、必ず人間が最終確認を行うプロセスを組み込むべきです。これは、EUのAI法(AI Act)などの国際的な規制動向とも合致するだけでなく、従業員の納得感を醸成するためにも不可欠です。
3. AIへの過信とハルシネーションへの警戒
AIはもっともらしい根拠を捏造(ハルシネーション)することがあります。評価業務においては、「なぜその評価になったのか」という根拠の参照元(リファレンス)を必ず提示させるシステム設計が求められます。ファクトチェックの責任は人間に残ることを前提としたワークフローを構築することが、実務的な成功の鍵となります。
