フランスのAI特使アン・ブーベロ氏は、政策立案者やスタートアップ、NVIDIAのようなハードウェア大手以外の「一般市民」や「非専門家」が、なぜAIに関心を持つべきかを問いかけました。本稿では、この問いを出発点に、技術主導から社会受容へとフェーズが移行する中で、日本企業が直面する「全社的なAIリテラシー」と「信頼の醸成」という課題について解説します。
技術の「開発」から社会への「浸透」へ
生成AIのブーム以降、ニュースの主役は常にOpenAIやGoogleといった開発企業、あるいはその計算資源を支えるNVIDIAのようなハードウェアベンダーでした。しかし、フランスのAI特使(AI Envoy)であるアン・ブーベロ氏が提起した「なぜ政策立案者やAIスタートアップ以外の人間がAIに関心を持つ必要があるのか」という問いは、AIのフェーズが「技術競争」から「社会実装と定着」へと移り変わっていることを象徴しています。
欧州、特にフランスはMistral AIなどを輩出しつつも、AI規制法(EU AI Act)に見られるように「人権」や「市民社会への影響」を強く意識しています。ブーベロ氏の発言は、AIが一部のテクノロジーエリートだけのものではなく、教育、雇用、民主主義といった市民生活の根幹に関わるインフラになりつつあるという危機感と期待の裏返しでもあります。
日本企業における「当事者意識」の欠如というリスク
この「非専門家こそがAIに関心を持つべき」という視点は、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI導入において極めて重要な示唆を含んでいます。多くの日本企業では、AI活用が「情報システム部門」や「DX推進室」だけの課題として扱われ、現場の従業員(エンドユーザー)が蚊帳の外に置かれるケースが散見されます。
しかし、現場の従業員が「自分には関係ない」と無関心でいることは、企業にとって二つの大きなリスクとなります。
一つは「シャドーAI」のリスクです。会社が公式にツールやガイドラインを提供しない場合、従業員が悪気なく無料のAIツールに機密情報を入力してしまう可能性があります。これは関心がないから起きるのではなく、「正しく恐れるためのリテラシー」が不足しているために発生します。
もう一つは「現場主導のイノベーションの阻害」です。AIはあくまでツールであり、業務ドメイン(現場の知見)と組み合わさって初めて価値を生みます。経理、人事、営業といった非技術職のメンバーが「AIで何ができて、何ができないか」を理解していなければ、実務に即した効率化のアイデアは生まれません。
「説明責任」と「信頼」が競争力の源泉になる
また、企業が顧客に対してAIサービスを提供する際にも、この視点は不可欠です。日本の消費者は品質や安心・安全に対して非常に厳しい目を持っています。ブラックボックス化したAIが予期せぬ挙動(ハルシネーションなど)を示した場合、その説明責任を果たすのはエンジニアではなく、最前線の営業担当者やカスタマーサポートかもしれません。
「AIが勝手にやったこと」という言い訳は、日本の商習慣では通用しません。組織全体がAIの特性を理解し、どの範囲でAIを活用しているかを顧客に対して透明性を持って説明できる体制(AIガバナンス)を構築することが、結果としてブランドの信頼性を高めることにつながります。
日本企業のAI活用への示唆
ブーベロ氏の問いかけを踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務者は以下の3点を意識してAI戦略を進めるべきです。
1. 「AI人材」の定義を広げる
AI開発者だけでなく、AIを活用する「AIユーザー」としての従業員教育を必須としてください。プロンプトエンジニアリングのような技術スキルだけでなく、AIの倫理的リスクや限界を理解させるリテラシー教育が、ガバナンスの第一歩となります。
2. 現場を巻き込んだユースケース探索
トップダウンでの導入は往々にして現場の反発を招きます。「なぜ自分たちがAIに関心を持つべきか(どう業務が楽になるか)」を丁寧に伝え、現場発の改善案を吸い上げる仕組みを作ることが、形骸化を防ぐ鍵です。
3. 社会的受容性(Social Acceptance)への配慮
欧州の動向と同様、日本でもプライバシーや著作権に対する意識は高まっています。法規制の遵守はもちろんのこと、「人間中心のAI」という姿勢を社内外に示すことが、持続的なサービス運営には不可欠です。
