13 2月 2026, 金

「SaaSの終焉」とAIが変えるビジネスモデルの未来:Ben Thompsonの視点から読み解く

テック業界の著名アナリストBen Thompson(Stratechery)が提唱する「SaaSの終焉」とAIによるメディア・広告の構造変化は、今後のビジネス環境を大きく揺るがすテーマです。生成AIがソフトウェアそのものをコモディティ化し、従来の「ツールへの課金」から「成果への課金」へと価値がシフトする中で、日本企業はどのような戦略を描くべきか解説します。

「SaaSの終焉」が意味するもの

テック業界の分析で知られるStratecheryのBen Thompson氏が指摘する「SaaSの終焉(The End of SaaS)」という概念は、単にSaaS企業がなくなるという意味ではありません。これは、生成AIの進化によって「ソフトウェアを作成するコスト」が劇的に低下し、従来のSaaSビジネスモデル(シート課金やサブスクリプション)が根本的な転換点を迎えていることを示唆しています。

これまで企業は、自社の業務プロセスをSaaSの仕様に合わせるか、高額なコストをかけてSIer(システムインテグレーター)にカスタム開発を依頼するかの二択を迫られてきました。しかし、LLM(大規模言語モデル)のコーディング能力が向上することで、特定の業務フローに特化した小規模なソフトウェアを、社内で「生成」して使い捨てるような運用が現実味を帯びてきています。ソフトウェアは希少な「資産」から、必要に応じて生成される「消耗品」へと性質を変えつつあるのです。

「ツール」から「エージェント」への価値移行

この変化は、AIの活用形態が「Copilot(副操縦士・支援者)」から「Agent(自律的な代行者)」へと進化することと密接に関わっています。従来のSaaSは「人間が作業をするための優れた道具」を提供していましたが、AIエージェントは「作業そのものを完了させること」を目的とします。

日本国内でもRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などの自動化ツールが普及していますが、AIエージェントは定型業務だけでなく、非定型な判断や複雑なワークフローをも担うようになります。これにより、企業が支払う対価は「ソフトウェアの利用料」から「労働力の代替コスト」へとシフトし、ベンダー側の収益モデルも変化を余儀なくされるでしょう。

メディアと広告の未来:検索から「回答」へ

Ben Thompson氏はメディアと広告の未来についても警鐘を鳴らしています。AIがユーザーの質問に対して直接的な「回答」を生成するようになれば、従来の検索エンジンのようにリンクをクリックしてメディアサイトを訪問するという行動自体が減少します。

これは、PV(ページビュー)に依存したWebメディアや、検索連動型広告のビジネスモデルに大きな打撃を与えます。情報の「生成」コストがゼロに近づく中で、情報の「信頼性」や「一次情報としての価値」を持つブランドだけが生き残る時代が到来します。日本企業においても、オウンドメディア戦略の見直しや、AIによる学習を防ぐためのデータガバナンス、あるいは逆にAIに参照されるための最適化(GEO: Generative Engine Optimization)が新たな課題となります。

日本企業のAI活用への示唆

グローバルの潮流を踏まえ、日本のビジネスリーダーやエンジニアは以下の点に留意して戦略を練る必要があります。

  • 「パッケージ導入」偏重からの脱却
    日本では「SaaSを導入してDX完了」とする傾向がありますが、今後は「AIを使って自社に最適なツールを内製(生成)する」という選択肢が現実的になります。エンジニアのリソースを、既存SaaSの管理よりも、AIを活用したカスタムワークフローの構築にシフトさせることを検討すべきです。
  • 業務プロセスそのものの再定義
    単なる効率化ではなく、「AIエージェントに任せることを前提とした業務フロー」への再設計が求められます。特に人手不足が深刻な日本において、AIは労働力の補完として極めて重要な役割を果たします。
  • データガバナンスと権利関係の整理
    AIが生成するコンテンツやコードを利用する際、著作権やセキュリティのリスク管理は不可欠です。日本の著作権法(第30条の4など)はAI学習に柔軟ですが、出力物の商用利用におけるリスクヘッジや、社内データの取り扱いルール(入力情報の漏洩防止)を厳格化する必要があります。
  • SIer文化とAIの融合
    日本特有のSIer文化は「顧客ごとのカスタム開発」を得意としてきました。このノウハウと生成AIを組み合わせることで、従来の「人月商売」から脱却し、高品質なカスタムソフトウェアを高速で提供する新たなビジネスモデルが生まれる可能性があります。

「SaaSの終焉」は脅威ではなく、日本企業が長年課題としてきた「硬直的なパッケージソフトへの依存」や「レガシーシステムの塩漬け」から脱却するチャンスでもあります。AIを単なる便利ツールとしてではなく、ソフトウェアと組織のあり方を再構築する触媒として捉える視点が重要です。

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