13 2月 2026, 金

「AI×シミュレーション」が変えるR&Dの現場:MITの事例に見るマテリアルズ・インフォマティクスの本質

生成AIブームの裏で、製造業や創薬分野におけるAI活用「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」が急速な進化を遂げています。MITのラファエル・ゴメス=ボンバレリ准教授の研究事例をもとに、シミュレーションと機械学習を融合させ、R&D(研究開発)プロセスを劇的に加速させる手法について解説します。

AIによる「発見」の加速:従来のR&Dとの決定的違い

昨今、AIと言えばChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)が注目されがちですが、サイエンスやエンジニアリングの領域では、物質の構造探索や特性予測に特化したAIの活用が進んでいます。MITのラファエル・ゴメス=ボンバレリ准教授(Rafael Gómez-Bombarelli)が取り組んでいるのは、まさにこの領域です。彼は10年以上にわたり、AIとシミュレーション技術を組み合わせることで、新しい材料(マテリアル)の設計を加速させています。

従来の研究開発、特に素材や創薬の分野では、研究者の経験と勘に基づき、膨大な回数の実験(トライ・アンド・エラー)を繰り返す必要がありました。しかし、ゴメス=ボンバレリ氏のアプローチは異なります。これは「逆設計(Inverse Design)」と呼ばれる手法であり、「欲しい特性(例:特定の導電性や耐久性)」をまず定義し、それを実現するための分子構造や材料組成をAIに逆算させるというものです。

シミュレーションとAIの相互補完

このプロセスにおいて重要な役割を果たすのが「シミュレーション」です。AIモデル(機械学習)をトレーニングするには高品質なデータが必要ですが、現実の実験データだけではコストと時間がかかりすぎ、データ量が不足しがちです。

そこで、物理法則に基づくコンピュータ・シミュレーションによって「仮想的な実験データ」を大量に生成し、それをAIに学習させます。学習したAIは、膨大な候補の中から有望な材料を高速にスクリーニングし、最終的に絞り込まれた候補だけを現実のラボで合成・実験します。この「AI×シミュレーション×実験」のループを回すことで、開発期間を年単位から月単位、あるいは週単位へと短縮することが可能になります。

日本企業における活用と課題:データの「質」と現場の壁

日本は素材産業や製造業(モノづくり)において世界的な強みを持っています。そのため、こうした「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」の手法は、日本企業との親和性が極めて高いと言えます。しかし、実務への導入にはいくつかの壁が存在します。

最大の課題はデータの整備です。AIは「過去の実験データ」や「シミュレーション結果」を燃料としますが、多くの現場では、熟練技術者の実験ノート(紙)や、部門ごとに異なるフォーマットのExcelファイルにデータが散在しています。AI活用の前段階として、これらのデータを構造化し、機械学習に適した形に整備する「データ基盤の構築」が不可欠です。

また、AIが提案する新素材の構造が、既存の特許を侵害していないか、あるいは製造プロセス上で安全に量産できるかといった、ガバナンスやコンプライアンスの観点からのチェックも重要になります。AIはあくまで候補を提示するツールであり、最終的な判断には人間の専門性と責任が求められます。

日本企業のAI活用への示唆

今回のMITの事例やグローバルの動向を踏まえ、日本のR&D部門や意思決定者が考慮すべきポイントは以下の3点です。

1. 生成AI以外の「特化型AI」への再注目

対話型AIによる業務効率化だけでなく、自社のコア技術(素材、創薬、設計など)を直接強化する「ドメイン特化型AI」への投資を見直すべきです。特にMI領域は、日本の製造業の競争力を維持・強化する切り札となり得ます。

2. 「匠の技」のデジタル化と継承

ベテラン技術者の暗黙知をデータ化し、AIの学習データとして活用することで、技術継承の問題を解決できる可能性があります。AIを「職人を代替するもの」ではなく、「職人の知見を拡張し、次世代に引き継ぐためのツール」として位置づける組織文化の醸成が重要です。

3. 実験と計算のハイブリッドループの構築

すべてをAIに任せるのではなく、「AIによる予測」→「シミュレーションによる検証」→「実機による実験」のサイクルを高速に回すワークフローを構築してください。これには、データサイエンティストと現場のエンジニアが共通言語で対話できる組織体制が必要不可欠です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です