14 2月 2026, 土

AI時代における「エントリーレベル人材」の価値再考:IBMの事例と日本企業が直面する育成のジレンマ

生成AIの台頭により、定型業務を中心とする若手・新人(エントリーレベル)の仕事が消失するという予測が飛び交っています。しかし、IBMをはじめとする一部のグローバル企業は、あえてこの層の採用を継続・強化する動きを見せています。本稿では、この逆説的な動向の背景にある論理を紐解き、人材不足とAI活用が同時進行する日本企業において、どのように若手人材を育成し、AIと協働させるべきかについて解説します。

AIによる代替論と、現実的な企業の選択

TechCrunchの記事にあるように、IBMのような大手テクノロジー企業が「AI時代にあってもエントリーレベルの人材を採用し続ける」と表明したことは、一見すると業界のトレンドに逆行しているように映ります。一般的に、生成AIやLLM(大規模言語モデル)は、議事録作成、簡易的なコーディング、データ整理といった、これまで新人が担ってきた「下積み業務」を最も得意とするからです。

しかし、実務的な観点から見ると、企業が採用を続ける理由には合理性があります。現在のAIは依然として「確率的なオウム返し」の域を出ない側面があり、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを常に孕んでいます。AIが生成したアウトプットの品質を担保し、最終的な責任を負うのは人間です。つまり、AIを使いこなすオペレーターとしての若手人材の需要は、むしろ形を変えて高まっていると言えます。

「将来のシニア人材」を誰が育てるのか

より深刻な構造的問題は、人材パイプラインの断絶です。もし企業が「AIで代替可能だから」という理由でエントリーレベルの採用を停止すれば、数年後、数十年後にプロジェクトをリードし、高度な判断を下すべきシニア人材やマネージャー層が枯渇することになります。

AIは現在の業務を効率化できても、未来のリーダーや専門家を育成することはできません。専門性は、失敗を含む試行錯誤や、泥臭い現場経験の積み重ねによって醸成されるものです。したがって、企業は「AIに任せるタスク」と「教育のために人間があえて経験すべきタスク」を戦略的に峻別する必要に迫られています。

日本の商慣習と「OJTの再定義」

この課題は、欧米以上に日本企業にとって切実です。日本企業の多くは、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を人材育成の柱としており、先輩の背中を見て、あるいは単純作業を通じて組織文化や業務知識を吸収させるスタイルが一般的でした。しかし、その「教材」となる単純作業がAIによって自動化される今、従来のOJTは機能不全に陥りつつあります。

日本企業に求められるのは、OJTの再定義です。単に作業をさせるのではなく、AIが出力した結果の「妥当性を検証(レビュー)するスキル」や、AIに対して適切な指示を与える「プロンプトエンジニアリング能力」、さらにはAIではカバーできない対人折衝やコンテキスト(文脈)理解といった領域へ、若手の教育リソースをシフトさせる必要があります。

日本企業のAI活用への示唆

IBMの事例は、AI活用が進む中でも「人」への投資を止めてはならないという強いメッセージを含んでいます。以下に、日本の経営層やリーダーが意識すべきポイントを整理します。

  • 「AIネイティブ」としての新人育成
    新人を「作業員」としてではなく、AIツールの「オーケストレーター(指揮者)」として位置づけ、入社直後からAI活用を前提とした業務フローに組み込むことが重要です。これにより、経験の浅い社員でも一定の成果を出せるようになり、労働力不足の解消にも寄与します。
  • ドメイン知識とガバナンス教育の強化
    AIの回答が正しいか判断するためには、基礎的な業務知識(ドメイン知識)が不可欠です。また、著作権やセキュリティなどのAIガバナンスに関する教育を早期に行い、リスク感度を高めることが、企業全体のリスク低減につながります。
  • 中長期的な人材ポートフォリオの維持
    短期的なコスト削減のために若手採用を絞ることは、将来の競争力を削ぐことと同義です。「AIが得意なこと」と「人間が成長するために必要なこと」を見極め、AI時代に即したキャリアパスを設計することが、持続可能な組織作りの鍵となります。

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