最近、SNSを中心に自身の写真をChatGPTにアップロードして「似顔絵」や「風刺画」を描かせるトレンドが流行しています。一見無害な遊びに見えるこの行為ですが、AI実務の視点からは、画像データの取り扱いやプライバシーに関する重大なリスクが透けて見えます。本記事では、このトレンドを教訓として、日本企業が生成AI、特にマルチモーダルAI(テキストだけでなく画像や音声も扱えるAI)を業務活用する際のガバナンスとリスク対策について解説します。
画像入力機能(マルチモーダル)の普及とデータ学習の仕組み
ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は、テキストだけでなく画像を理解し生成する「マルチモーダル化」が急速に進んでいます。今回のトレンドは、ユーザーが自身の顔写真をアップロードし、AIにその特徴を分析させ、特定の画風で再生成させるというものです。技術的には非常に興味深い活用例ですが、セキュリティの観点からは「個人情報(生体特徴を含む画像データ)をクラウド上のAIベンダーに送信している」という事実を直視する必要があります。
多くの生成AIサービスにおいて、デフォルト設定では「ユーザーが入力したデータはAIのモデル学習に利用される可能性がある」という規約になっていることが一般的です。つまり、楽しみのためにアップロードしたプライベートな写真や、背景に映り込んだ情報が、将来的にAIの学習データとして蓄積・利用されるリスクが否定できません。一般消費者向けの無料版や個人プランを利用している場合、特に注意が必要です。
企業にとっての「シャドーAI」リスク:背景情報の漏洩
このトレンドが企業にとって示唆するのは、従業員による「シャドーAI(会社が許可していないAIツールの無断利用)」のリスクが、テキスト情報から画像情報へと拡大している点です。
例えば、従業員がオフィスの自席で撮影した自撮り写真をAIにアップロードしたとします。その際、被写体の人物だけでなく、背景にあるホワイトボードの書き込み、PC画面に表示された機密情報、あるいは通行証(IDカード)などがAIに読み取られる可能性があります。テキストであれば「社外秘情報を入力しない」というルールで制御しやすいものの、画像の場合、意図せず映り込んだ情報のすべてがデータとして送信されてしまうため、リスク管理の難易度が格段に上がります。
日本の法規制と組織文化を踏まえた対応
日本国内においては、改正個人情報保護法により、顔認識データなどの「個人識別符号」を含む情報の取り扱いは厳格に定められています。また、日本企業特有の「場の空気を読む」文化や「皆がやっているから大丈夫だろう」という集団心理が、セキュリティ意識の低下を招くこともあります。
企業としては、単に「私用スマホでの撮影禁止」といった物理的な制限を設けるだけでは不十分です。業務効率化のために画像認識AIを導入する場合でも、利用するサービスが「学習データとして利用しない(ゼロデータリテンション)」契約になっているか、API経由での利用などセキュアな環境が担保されているかを厳密に確認する必要があります。特に、日本企業はベンダーの規約変更に気づかず、初期設定のまま使い続けてしまうケースが散見されるため、定期的な設定監査が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の「似顔絵トレンド」は、コンシューマーレベルでのAI利用が拡大する中で、企業のリスク管理が追いついていない現状を浮き彫りにしています。意思決定者およびAI担当者は、以下の3点を重点的に見直すべきです。
- 画像データの取り扱いに関するガイドライン策定:生成AI利用ガイドラインにおいて、テキストデータだけでなく「画像、音声、ファイル」のアップロードに関する規定を明確化する。特に、背景の映り込みや第三者の肖像権に関する注意喚起を行うこと。
- エンタープライズ版の導入と設定の徹底:業務でAIを利用する場合、入力データが学習に使われない「エンタープライズ版(法人向けプラン)」の契約を必須とする。また、オプトアウト設定(学習利用の拒否)が正しく行われているか、情シス部門が中央管理できる体制を整えること。
- リテラシー教育のアップデート:「面白いからやってみた」という軽い動機が、重大な情報漏洩につながる可能性を従業員に教育する。技術的な禁止措置だけでなく、なぜ危険なのかという「データの行方」を理解させることが、統制の効いたAI活用の第一歩となる。
