12 2月 2026, 木

AIガバナンスの新たな必須要件「AI BOM」とは何か:ブラックボックス化するAI構成要素の可視化と管理

生成AIの実装が進む中、システムを構成するモデルやデータの全容把握が困難になっています。ソフトウェア部品表(SBOM)の考え方をAIに応用した「AI BOM」の概念と、日本企業が直面するセキュリティおよびガバナンス上の課題への対処法を解説します。

AIシステムの「中身」が見えなくなっている現状

生成AIの急速な普及に伴い、企業内のAIシステムは複雑化の一途をたどっています。かつてのように単一のモデルを導入して終わりではなく、現在は複数のLLM(大規模言語モデル)、RAG(検索拡張生成)用のベクトルデータベース、LangChainのようなオーケストレーションツール、そして無数のAPIが複雑に絡み合って一つのサービスを形成しています。

こうした状況下で、Ciscoをはじめとするセキュリティベンダーや業界団体が提唱し始めているのが「AI BOM(AI Bill of Materials:AI部品表)」という概念です。これは、すでにソフトウェアサプライチェーンセキュリティの分野で標準となりつつある「SBOM(ソフトウェア部品表)」をAI領域に拡張したものです。

開発現場では、エンジニアが精度向上のためにモデルを頻繁に切り替えたり、新しいライブラリを試したりすることが日常的に行われています。しかし、セキュリティ部門や経営層がその実態(どのバージョンのモデルが、どのデータセットと共に、どこで動いているか)を把握できていない「AIのシャドー化」が深刻なリスクとなりつつあります。

SBOMからAI BOMへ:何を管理すべきか

従来のSBOMは、アプリケーションに含まれるオープンソースライブラリやミドルウェアのバージョンを一覧化し、脆弱性が発見された際に即座に影響範囲を特定するためのものでした。AI BOMはこの考え方を踏襲しつつ、AI特有の要素を管理対象に加えます。

具体的には、以下の要素が管理の対象となります。

1. **モデル情報**: 使用している基盤モデルの名称、バージョン、提供元(OpenAI、Hugging Face上のOSSモデルなど)。
2. **データセット**: ファインチューニングやRAGの参照元として使用されているデータの出所とバージョン。
3. **ツールチェーン**: AIエージェントの挙動を制御するフレームワークやプラグイン。
4. **外部接続**: 推論時に呼び出される外部APIのエンドポイント。

例えば、特定のオープンソースモデルにバックドアやプロンプトインジェクションに対する脆弱性が見つかった場合、AI BOMがあれば、自社のどのシステムがそのモデルを使用しているかを即座に特定し、対策を講じることができます。

日本の法規制・商習慣とAI BOMの親和性

日本企業にとって、AI BOMの概念は非常に親和性が高いと言えます。製造業におけるトレーサビリティ(追跡可能性)の確保や、品質管理の厳格さは日本の強みであり、これをデジタルおよびAI領域に適用するものだからです。

また、経済産業省の「AI事業者ガイドライン」や、欧州の「EU AI法(EU AI Act)」などの規制動向を見ても、AIシステムの透明性と説明責任は最重要項目となっています。特に日本では「安心・安全」がサービス採用の大きな基準となるため、自社が提供するAIサービスがどのような構成要素で成り立っているかを説明できる能力は、単なるコンプライアンス対応を超え、競争力の源泉となり得ます。

一方で、実務的な課題もあります。AIの開発サイクルは従来のソフトウェア開発よりもさらに高速であり、手動での管理は現実的ではありません。CI/CDパイプライン(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)に自動的にAI BOMを生成・更新する仕組みを組み込むなど、MLOps(機械学習基盤の運用)の一環として実装する必要があります。

日本企業のAI活用への示唆

グローバルの動向とAI BOMの重要性を踏まえ、日本の意思決定者や実務者は以下の点に留意してAI活用を進めるべきです。

1. 「把握できないものは守れない」という原則の徹底
AI活用を推進する一方で、自社内で「何が」使われているかを可視化するツールやプロセスの導入を急ぐ必要があります。まずは完璧なBOMでなくとも、使用している主要なモデルとAPIのインベントリ(台帳)作成から始めるべきです。

2. サプライチェーン全体でのリスク管理
自社開発だけでなく、ベンダーから調達するAIソリューションに対しても、どのようなモデルやデータが使われているかを確認する(可能な範囲でBOMの提示を求める)商習慣を形成することが、将来的なリスクヘッジにつながります。

3. セキュリティと開発の対立を防ぐ
管理を厳しくしすぎて現場のイノベーションを阻害しては本末転倒です。AI BOMのような仕組みを導入する際は、「監視」のためではなく、「エンジニアが安全に最新技術を試せる環境を作る(何かあってもすぐ検知・対処できる)」ためであるというメッセージを明確にし、開発部門とセキュリティ部門が連携できる体制を構築してください。

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