TikTokの親会社であるByteDanceがSamsungと連携し、独自のAIチップ開発を進めていると報じられました。この動きは単なる一企業の戦略にとどまらず、世界的なAIコンピュート資源の争奪戦と、プラットフォーマーによるインフラの「垂直統合」の加速を象徴しています。
ByteDanceが独自チップ開発に動く構造的理由
報道によれば、ByteDanceは独自のAIチップを開発し、その製造とメモリ供給についてSamsung Electronicsと協議を行っているとされます。この動きは、Google(TPU)、Amazon(Trainium/Inferentia)、Microsoft(Maia)、Meta(MTIA)といった米国のハイパースケーラーたちがすでに進めている「自社専用シリコンへの回帰」という大きなトレンドの中にあります。
彼らが巨額の投資をしてまで自社開発を行う理由は明確です。第一に、NVIDIA製GPUへの過度な依存によるコスト高騰と調達リスクの回避です。汎用的なGPUは極めて高性能ですが、特定のレコメンデーションアルゴリズムや大規模言語モデル(LLM)の推論に特化させる場合、自社設計のASIC(特定用途向け集積回路)の方が電力効率とコストパフォーマンスで勝るケースがあります。
第二に、地政学的なリスクヘッジです。特にByteDanceのような中国系企業にとって、米国の輸出規制により最先端のNVIDIA製チップの入手が制限される中、自社設計による活路を見出すことは事業継続性(BCP)の観点からも不可欠な選択と言えます。
ボトルネックは「演算」から「メモリ」へ
今回の報道で特に注目すべきは、Samsungとの交渉に「メモリチップの供給」が含まれている点です。現在の生成AIブームにおいて、計算を行うロジック半導体以上にボトルネックとなっているのが、HBM(High Bandwidth Memory:広帯域メモリ)です。
HBMは、データを高速に転送するためにAIチップに不可欠なコンポーネントですが、その製造には高度な技術が必要であり、SamsungやSK Hynixといった限られたサプライヤーに需要が集中しています。ByteDanceがSamsungと提携を模索しているのは、単にチップを製造するだけでなく、この逼迫するメモリ在庫を優先的に確保する狙いがあると考えられます。
これは、世界のAI開発競争が「モデルの性能」だけでなく、「物理的なサプライチェーンの確保」というフェーズに深く突入していることを示しています。
国内市場への影響:インフラ争奪戦の余波
こうしたグローバルジャイアントによる自社チップ開発とサプライチェーンの囲い込みは、日本の一般企業にとって対岸の火事ではありません。世界的なHBMや製造ラインの争奪戦は、クラウドベンダーが提供するGPUインスタンスの価格高騰や、利用可能なリソースの枯渇に直結します。
特に日本では、円安の影響も相まって、海外パブリッククラウド上のAIインフラコストが経営を圧迫し始めています。また、経済安全保障の観点からも、すべてのAI処理を海外製ハードウェアと海外クラウドに依存することのリスクが議論されています。国内でもSoftBankやNTTなどが計算基盤の強化に動いていますが、世界的な部材不足の影響は避けられません。
日本企業のAI活用への示唆
今回のByteDanceの事例をはじめとする世界的なインフラ動向を踏まえ、日本企業がとるべきアクションを整理します。
1. 「脱・最高スペック」の視点とモデルの適正化
すべてのタスクに最高性能のGPU(例:NVIDIA H100)や超巨大モデルが必要なわけではありません。社内ドキュメントの検索や定型業務の自動化であれば、パラメータ数を抑えたSLM(小規模言語モデル)や、量子化技術を用いた軽量モデルで十分な精度が出せる場合があります。ハードウェア資源が逼迫する中、過剰なスペックを求めず、ユースケースに見合ったコスト対効果の高いモデルとインフラを選定する「目利き力」が重要になります。
2. マルチクラウド・ハイブリッド構成の検討
特定のクラウドベンダーやハードウェアに依存しすぎると、供給不足や価格改定の際に脆弱になります。AWS、Azure、Google Cloudに加え、国内クラウドやオンプレミス環境を含めたハイブリッドな構成、あるいは推論専用チップ(AWS Inferentiaなど)の活用を視野に入れ、柔軟にリソースを切り替えられるMLOps環境を整備することがリスク管理につながります。
3. ガバナンスとサプライチェーンリスクの把握
自社が利用しているAIサービスが、どの地域のどのインフラ上で動いているかを把握することは、データガバナンスの観点からより重要になります。特に機密情報を扱う場合、地政学的な供給リスクの影響を受けにくい国内リージョンや、主権型AI(Sovereign AI)基盤の活用も選択肢に含めるべきでしょう。
