欧州のインシュアテック企業TuioとWaniWaniが、ChatGPT上で住宅保険の見積もりを完結させる機能を発表しました。これは単なるチャットボットの高度化にとどまらず、生成AIが「情報検索」から「具体的なタスク実行」へと役割を広げている象徴的な事例です。本記事では、この事例を起点に、対話型インターフェースによる金融サービス提供の可能性と、日本企業が直面する規制・技術的な壁について解説します。
対話の中で「契約」に近づく新しい顧客接点
スペインを拠点とするインシュアテック企業Tuioと、技術パートナーのWaniWaniによる今回の連携は、保険業界における「エンベデッド・インシュアランス(組込型保険)」の新たな形態を示唆しています。従来、保険の見積もりといえば、専用のWebサイトに移動し、多数のフォームに入力する必要がありました。しかし、今回の取り組みでは、ChatGPTという汎用的な対話インターフェースの中で、ユーザーとの会話を通じて必要な情報をヒアリングし、リアルタイムで見積もりを提示します。
これは、生成AIのトレンドが「コンテンツ生成」から、外部システムと連携して処理を行う「エージェント機能(自律的なタスク実行)」へと移行していることを裏付けています。ユーザーにとっては、アプリの切り替えや複雑なUI操作なしに、自然言語だけで目的を達成できるというメリットがあります。
日本市場における「対話型コマース」の可能性と障壁
日本国内に目を向けると、LINEなどを活用したチャットボット保険相談は既に存在しますが、その多くはシナリオベース(選択肢式)か、最終的に有人対応やWebフォームへ誘導する形式が主流です。LLM(大規模言語モデル)を活用した完全な対話形式での見積もり・契約プロセスは、技術的には可能でも、実務実装には高いハードルが存在します。
最大の課題は「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクと、金融商品取引法や保険業法に基づく「説明義務」の厳格さです。もしAIが誤った補償内容を提示したり、重要事項説明を漏らしたりした場合、企業は重大なコンプライアンス違反に問われます。日本では「募集文書」としての正確性が極めて厳しく求められるため、生成AIが自由に回答を生成する余地を残したまま契約プロセスを進めることは、現時点ではリスクが高いと判断される傾向にあります。
「確実性」を担保するための技術的アプローチ
こうしたリスクを低減し、日本企業が同様のサービスを実現するためには、LLM単体に頼るのではなく、「Function Calling(関数呼び出し)」のような技術を確実に実装する必要があります。これは、ユーザーの意図(インテント)をAIが理解した後、実際の計算やデータ照会は、確定的なロジックを持つ既存の基幹システムやAPIに行わせる仕組みです。
つまり、挨拶やヒアリングといった「対話の潤滑油」には生成AIを使い、金額計算や規約提示といった「コア業務」は従来の堅牢なシステムが担うという、ハイブリッドなアーキテクチャが求められます。Tuioの事例も、裏側ではAPIを通じた厳密なデータ連携が行われているはずです。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例は、将来的にAIが企業の「主要な販売チャネル」の一つになり得ることを示しています。日本の意思決定者やエンジニアは、以下の点に留意して準備を進めるべきです。
- APIファーストなシステム設計:AIが自社サービスを操作できるようにするには、基幹システムの機能がAPIとして公開・整備されていることが前提条件となります。レガシーシステムのモダナイズは、AI活用の土台作りとして急務です。
- 「自由回答」と「定型処理」の分離:コンプライアンスが重視される日本市場では、LLMにすべてを任せるのではなく、リスクの高い処理(見積もり算出、契約締結など)を確実なロジックに委譲する設計(ガードレールの設置)が不可欠です。
- 新たなUXの実験:若年層を中心に、電話や対面、あるいは面倒なフォーム入力を避ける傾向が強まっています。「チャットで完結する」という体験は、特に損害保険や少額短期保険などの分野で、強力な差別化要因となる可能性があります。まずはリスクの低い領域(簡易シミュレーションなど)から、対話型UIの検証を始めることが推奨されます。
