モルガン・スタンレーによる最新の分析は、AIが従来のソフトウェア産業を破壊する可能性が、株式市場だけでなく、より深刻なクレジット(信用)市場にまで波及しつつあることを示唆しています。この世界的なトレンドは、海外製SaaSへの依存度が高い日本企業のIT戦略や投資判断にどのような影響を与えるのか、技術と経営の両面から解説します。
ソフトウェア産業を揺るがす「AIディスラプション」の現実味
生成AIの進化が止まらない中、米国市場ではある懸念が現実のものとなりつつあります。ロイター通信が報じたモルガン・スタンレーの分析によると、AIによる破壊的イノベーションがソフトウェア業界の広範囲に及び、その影響が株式の売り(Selloff)にとどまらず、1.5兆ドル規模のクレジット市場(社債やローンなどの信用市場)にまでリスクを広げているといいます。
これは単なる投資家の心理的な動揺ではありません。「生成AIがあれば、そのソフトウェアは不要になるのではないか?」という問いが、企業の存続可能性や借入能力にまで影響を及ぼし始めていることを意味します。これまで高い利益率を誇っていたSaaS(Software as a Service)モデルの企業であっても、AIがその機能を代替・自動化できる場合、顧客離れや価格決定力の低下に直面するリスクがあります。
「機能」としてのAIか、「製品」としてのAIか
この市場の動揺は、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。多くの日本企業は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環として、特定業務に特化したSaaSを数多く導入してきました。しかし、大規模言語モデル(LLM)の高度化により、これまで専用ソフトで行っていたタスク(文書作成、コード生成、データ分析、デザイン制作など)が、汎用的なAIモデルへの指示(プロンプト)だけで完結するようになりつつあります。
「これまでは月額数千円を払って利用していたツールが、ChatGPTやCopilotの標準機能で代替できた」という経験を持つ担当者も多いのではないでしょうか。ソフトウェアベンダーがAIを単なる「追加機能」として組み込むだけでは差別化が難しくなっており、AIネイティブなワークフローそのものを提供する企業へと主役が交代する過渡期にあると言えます。
日本企業の「SaaS依存」とベンダーロックインのリスク
日本国内の文脈で見ると、この変化は「外部依存の見直し」を迫るものです。日本企業は伝統的に、自社開発よりも外部ベンダーやパッケージソフトへの依存度が高い傾向にあります。しかし、導入しているSaaSベンダーがAI対応に遅れたり、逆にAIによって市場価値を失い経営不安に陥ったりした場合、ユーザー企業はサービスの停止やサポート品質の低下、あるいは急激な値上げといったリスクにさらされます。
また、AI活用が前提となるこれからの時代、データは企業の生命線です。特定のSaaS内にデータがサイロ化(分断)されていると、自社独自のAIモデルを構築したり、横断的なデータ分析を行ったりする際の障壁となります。AI時代におけるベンダー選定では、機能の豊富さ以上に「データのポータビリティ(持ち運びやすさ)」や「APIの柔軟性」が重要な評価基準となります。
「買う」から「AIで作る」へのシフト
一方で、この状況は日本企業にとってチャンスでもあります。これまでIT人材不足により「既製品を買う」しかなかった業務システムやツールが、生成AIによるコーディング支援やローコード開発の進化により、「自社で作る」コストが劇的に下がっているからです。
現場の業務フローに完全にフィットしない高額な海外製SaaSを無理に使うのではなく、AIを活用して自社に最適化された軽量なツールを内製開発する動きが、エンジニア組織を持つ企業を中心に広がり始めています。これは、従来の重厚長大SI(システムインテグレーション)とも、SaaSのサブスクリプションモデルとも異なる、第3の選択肢となり得ます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米金融市場の反応を踏まえ、日本の意思決定者やプロダクト担当者は以下の点に留意してAI戦略を進めるべきです。
- SaaSポートフォリオの棚卸しと選別:
現在契約しているSaaSの中に、生成AIの標準機能で代替可能なものがないか再評価してください。「AI機能付き」を謳うツールでも、それが単なるラッパー(APIを呼び出しているだけの薄い層)であれば、長期的な競争力やコスト対効果に疑問符が付きます。 - 契約期間と出口戦略の確保:
技術の陳腐化サイクルが極めて速くなっています。特定のソフトウェアと長期のロックイン契約を結ぶ際は慎重になるべきです。また、ベンダーの経営環境が変わった際に、データを即座にエクスポートできる条項や技術的裏付けを確認することが、AIガバナンスの一環として求められます。 - 「内製化」のハードル再定義:
AIコーディングアシスタントの導入により、社内開発の生産性は向上しています。すべてを外部ツールに頼るのではなく、コアとなる競争力の源泉や、特殊な業務フローに関しては、AIを活用した小規模な内製開発(マイクロサービス化)を検討する余地が広がっています。
