11 2月 2026, 水

投資銀行が警戒する「AIによるソフトウェア価値の毀損」:SaaSのコモディティ化と日本企業への示唆

豪金融大手マッコーリー・グループが、ソフトウェア関連資産に対する「ストレステスト」を強化していると報じられました。背景にあるのは、Anthropic社のClaudeをはじめとする生成AIの急速な進化です。AIが高度なコーディングや業務代行を行うようになり、従来のSaaS(Software as a Service)ビジネスモデルの優位性が脅かされつつある現状を解説します。

金融市場が懸念し始めた「AIによるディスラプション」

オーストラリアの金融大手マッコーリー・グループ(Macquarie Group)における最近の動きは、テック業界だけでなく、企業のIT戦略に関わる全ての意思決定者にとって重要なシグナルを含んでいます。同社は、保有するソフトウェア関連エクスポージャー(投資や融資のリスク資産)に対するストレステストを強化しました。その直接的な動機は、急速に進化するAI技術への懸念です。

これまで投資家にとって、B2B向けのSaaS(Software as a Service)企業は、安定したサブスクリプション収益と高い解約防止率(スイッチングコストの高さ)を背景に、堅実な投資先と見なされてきました。しかし、Anthropic社のClaudeやOpenAIのモデルなど、推論能力とコーディング能力に優れたAIの登場により、その前提が崩れ始めています。「AIがソフトウェアを自動生成できるなら、高額なSaaS契約は不要になるのではないか?」という疑問が、市場価値(バリュエーション)を圧迫し始めているのです。

「機能」から「成果」へ:AIエージェントによるSaaSの代替

この懸念の核心は、生成AIが単なる「コンテンツ作成ツール」から、自律的にタスクを遂行する「エージェント」へと進化している点にあります。これまでのSaaSは、ユーザーが効率的に作業を行うための「道具(機能)」を提供していました。しかし、最新のAIエージェントは、ユーザーの代わりに作業を完遂する「成果」そのものを提供しようとしています。

例えば、複雑なワークフロー管理ツールやデータ分析ダッシュボードなどは、AIが自然言語の指示だけで同等の処理を行い、結果だけを提示できるようになれば、専用ソフトウェアとしての価値は相対的に低下します。マッコーリーのような金融機関がストレステストを行っているのは、こうした「AIによる機能の代替」が、従来のソフトウェア企業の競争優位性(Moat:参入障壁)を破壊するリスクを定量化しようとしているためです。

日本市場特有のSIer構造とAIの影響

このグローバルな潮流は、日本市場において独自の文脈で解釈する必要があります。欧米が「SaaS製品」を中心に業務を構築しているのに対し、日本企業は依然としてシステムインテグレーター(SIer)による「受託開発」やカスタマイズに依存する傾向が強いからです。

生成AIの高いコーディング能力は、短期的にはSIerや社内エンジニアの生産性を劇的に向上させるでしょう。しかし長期的には、システム開発の単価下落や、スクラッチ開発(ゼロからの開発)のハードル低下を招きます。これは、「高機能なパッケージソフトを買う」か「AIを使って自分たちに必要なミニアプリを瞬時に作る」かという、新たな選択肢が生まれることを意味します。日本企業にとっても、高額なITベンダーへの依存度を見直す契機となり得ます。

日本企業のAI活用への示唆

今回のマッコーリーの事例は、単なる海外ニュースではなく、今後のIT投資と組織戦略に対する警鐘です。日本企業は以下の3点を意識すべきです。

  • SaaS選定基準の再考:導入しようとしているSaaSが「AIによって容易に模倣・代替可能な機能」しか持っていない場合、長期契約はリスクとなり得ます。そのツールが独自のデータセットや、AIには代替できない物理的な接点など、明確な優位性を持っているかを見極める必要があります。
  • 「作る力」の復権と内製化:AIによるコーディング支援が進むことで、非エンジニアや少人数のチームでも実用的なツールを開発可能になりつつあります。外部ベンダーへの丸投げ体質から脱却し、AIを活用した「超高速な内製化」へ舵を切ることで、コスト削減と俊敏性を両立できる可能性があります。
  • 投資・提携戦略の点検:CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)機能を持つ企業や、スタートアップとの提携を進める企業は、投資先の技術が「LLM(大規模言語モデル)の進化によって陳腐化しないか」を厳しく評価する必要があります。単なる「ラッパー(AIのAPIを呼び出すだけの薄い層)」的なサービスは、淘汰されるリスクが高まっています。

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