11 2月 2026, 水

「構造化データ」が生成AIの実用化を左右する:金融AIベンチマークから見る、日本企業が取り組むべきデータ整備の本質

金融データの抽出において、AIエージェントの精度は「構造化データ」を利用することで劇的に向上するというベンチマーク結果が報告されました。多くの日本企業がRAG(検索拡張生成)などの技術で社内文書の活用を模索する中、この結果は「ただ文書を読み込ませるだけ」のAI活用の限界を示唆しています。本稿では、生成AIの実務適用におけるデータの質の重要性と、日本企業が直面する課題への対策を解説します。

精度の壁:LLMは「雰囲気」は得意だが「正確な抽出」は苦手

Daloopa社のベンチマークレポートによると、金融データの検索・抽出を行うAIエージェントにおいて、構造化データ(データベース形式や整理された表データなど)を使用した場合の精度が、非構造化データ(PDFや整理されていないテキストなど)に比べて大幅に向上することが示されました。これは、生成AIの実務適用を考える上で非常に重要な示唆を含んでいます。

大規模言語モデル(LLM)は確率的に次の単語を予測する仕組みであり、文章の要約や創作などの「流暢さ」が求められるタスクには長けています。しかし、財務諸表の特定の数値や、仕様書の厳密なパラメータを正確に拾い上げるタスクにおいては、データの形式がその精度を大きく左右します。特にPDFなどの非構造化データは、レイアウトの解釈揺れや文脈の断絶が起こりやすく、これがハルシネーション(もっともらしい嘘)の原因となります。

RAGブームの落とし穴と「データエンジニアリング」の復権

現在、多くの日本企業が社内ナレッジ活用のために「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」の導入を進めています。RAGは、社内文書を検索し、その結果をAIに渡して回答を生成させる技術です。しかし、多くの現場で「期待したほどの精度が出ない」という課題に直面しています。

その根本原因の多くは、AIモデルの性能ではなく「データの質」にあります。日本企業には、紙の書類をスキャンしたPDFや、複雑なレイアウトのExcel、画像化された図表など、AIにとって「読みづらい」非構造化データが大量に眠っています。今回のベンチマーク結果が示す通り、AIエージェントに自律的なタスク遂行をさせる(例:決算データから特定の比率を計算させる)場合、元データが構造化されているか否かが、実用レベルに達するかどうかの分水嶺となります。AI活用の成功には、華やかなモデル選定だけでなく、地道なデータクレンジングや構造化パイプラインの構築といったデータエンジニアリングへの投資が不可欠です。

日本特有の商習慣とAIガバナンス

金融領域に限らず、製造業の品質管理や法務コンプライアンスなど、日本企業は業務において極めて高い「正確性」を要求する文化を持っています。「9割合っているが、たまに致命的な嘘をつく」AIは、基幹業務には組み込めません。

構造化データの活用は、精度の向上だけでなく、AIガバナンスの観点からもメリットがあります。データが構造化されていれば、AIがどのデータを根拠に回答したかを追跡(トレーサビリティの確保)しやすくなります。逆に、非構造化データの海から文脈不明な情報を拾ってくるAIは、説明責任を果たすのが困難です。日本企業が安心してAIを業務プロセスに組み込むためには、入力データの前処理プロセス自体を業務フローとして再定義する必要があります。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例から得られる、日本の意思決定者やエンジニアへの実務的な示唆は以下の通りです。

  • 「とりあえずPDF読込」からの脱却:RAGやAIエージェント開発において、既存のドキュメントをそのままVector DBに入れるだけでは限界があります。OCR(光学文字認識)の精度向上や、ドキュメント解析ツールを用いた「データの構造化(Markdown化、JSON化など)」を前処理として組み込む予算と工数を確保してください。
  • レガシー文書のデジタル化方針の転換:今後作成する文書については、AIが読み取りやすい形式(WordやPDFよりも、構造化されたWiki、データベース、API経由で取得可能な形式)での保存を推奨するよう、社内ITポリシーを見直す時期に来ています。
  • ドメイン特化型精度検証の実施:汎用的なベンチマークを鵜呑みにせず、自社の業務データ(日報、仕様書、規定など)を使って、構造化の有無がどれほど回答精度に影響するか、PoC(概念実証)段階で厳密に測定してください。

AIは魔法の杖ではなく、高度な情報処理エンジンです。そのエンジンに「ハイオクガソリン(構造化データ)」を入れるか、「不純物混じりの燃料(非構造化データ)」を入れるかは、人間の設計に委ねられています。

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