最新の研究により、AIモデルは「専門的な文体」で書かれた医療の誤情報を事実として受け入れてしまうリスクが指摘されています。本稿では、この事例を教訓に、日本企業が専門性の高い領域(医療、金融、法務など)で生成AIを活用する際に直面する「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクと、それを制御するための実務的なアプローチ、およびデータガバナンスのあり方について解説します。
「文体の権威性」に騙されるAIモデル
欧州の最新の研究によると、主要な大規模言語モデル(LLM)は、ソーシャルメディア上の誤った医療情報であっても、それが「医学的で専門的な用語」を用いて記述されている場合、真実として再生産してしまう傾向があることが警告されています。これは、AIが情報の「真偽」ではなく、単語の並びの「確からしさ(尤度)」に基づいて出力を生成するというLLMの根本的な仕組みに起因しています。
生成AIは膨大なテキストデータを学習していますが、論理的な事実確認を行っているわけではありません。「専門用語が正しく使われている」「論文のような構成である」といった文体の特徴を検知すると、内容がデタラメであっても、その情報の信頼度を高く評価してしまうバイアスが存在します。これは医療分野に限らず、技術文書や法務文書など、専門性が求められるあらゆるビジネス領域における潜在的なリスクです。
日本企業における専門領域活用のリスク
日本国内において、生成AIを自社プロダクトや社内業務に組み込む動きが加速していますが、この「もっともらしさ」への対処は喫緊の課題です。特に日本では、金融商品取引法や薬機法(旧薬事法)、医師法など、専門的なアドバイスに対して厳しい法的規制が存在します。
例えば、ヘルスケアアプリのチャットボットが、ネット上の不正確な書き込みを学習・参照し、ユーザーに対して「医学的に聞こえる誤ったアドバイス」を行ってしまった場合、企業のレピュテーションリスクだけでなく、法令違反に問われる可能性があります。また、社内のナレッジ検索において、AIが古い社内規定や誤ったマニュアルを「正解」として提示し、現場のオペレーションに混乱を招くケースも散見されます。
RAG(検索拡張生成)は万能薬ではない
多くの日本企業は、このハルシネーション(幻覚)問題への対策として、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)を採用しています。RAGは、AIにあらかじめ指定した社内ドキュメントや信頼できる外部データベースのみを参照させて回答を生成させる技術です。
しかし、今回の研究結果が示唆するのは「参照データ自体の品質管理(Data Quality)」の重要性です。いくらRAGを導入しても、参照先に「ネット上の不確かな情報」や「精査されていない文書」が混入していれば、AIはそれを権威ある情報として処理してしまいます。いわゆる「Garbage In, Garbage Out(ゴミが入ればゴミが出る)」の原則は、生成AI時代においてより深刻かつ検知しにくい形で現れます。
日本企業のAI活用への示唆
専門性の高い領域で、日本企業が安全かつ効果的にAIを活用するためには、以下の3つの観点が重要です。
- 信頼できるデータソースの厳格なホワイトリスト化:
AIに学習・参照させるデータは、インターネット全体から収集するのではなく、公的機関の発表、検証済みの社内文書、契約した専門データベースなどに限定する必要があります。特に医療や法務などのセンシティブな領域では、情報の「鮮度」と「出典」を常に管理するデータガバナンス体制が不可欠です。 - 「人間による監督(Human-in-the-loop)」の徹底:
AIの出力結果を最終的な回答とするのではなく、あくまで「下書き」や「参考情報」として位置づけるUI/UX設計が求められます。特にB2Cサービスにおいては、AIの回答に対して専門家による監修フローを挟むか、あるいは「AIによる自動生成であり、専門家の判断を代替するものではない」旨の免責事項を目立つ形で提示するなど、ユーザーの誤認を防ぐ設計が必要です。 - レッドチーミングによるリスク評価:
開発段階において、あえて「もっともらしい誤情報」をAIに入力し、騙されないかどうかをテストする「レッドチーミング」を実施することを推奨します。日本の商習慣や文脈に特化した誤情報をテストケースとして用意し、AIの堅牢性を継続的に評価・改善するプロセスをMLOps(機械学習基盤の運用)に組み込むべきです。
AIは強力なツールですが、真実を判定する裁判官ではありません。技術の限界を正しく理解し、適切なガードレールを設けることこそが、日本企業がDXを成功させるための鍵となります。
