10 2月 2026, 火

「LLM」の二つの顔:法学修士(Master of Laws)と大規模言語モデルの交差点で日本企業が考えるべきこと

AI業界で「LLM」といえば大規模言語モデルを指しますが、法曹界では古くから法学修士(Master of Laws)を意味します。コロラド大学ロースクールの活動報告をきっかけに、一見異なるこの二つの「LLM」がいかに現代のビジネス、特にAIガバナンスとリーガルテックの分野で密接に関わり始めているかを解説します。

言葉の定義が生む混乱と、必然的な接近

AI分野の最新動向を追っていると、今回参照したコロラド大学の記事のように、大学の入学案内や教員の活動報告において「LLM」という単語に出くわすことがあります。これは当然ながら「Master of Laws(法学修士)」を指すものですが、昨今のAIブームにおいては、この略語の重複が象徴的な意味を持つようになってきました。

それは、生成AI(Large Language Models)の社会実装において、「法(Law)」の専門知見が不可欠になっているという事実です。技術的なLLMを活用するためには、著作権、プライバシー、バイアス、そしてセキュリティといった法的・倫理的課題をクリアする必要があり、まさに「二つのLLM」の融合が求められています。

リーガルテックと日本固有の壁

米国では、契約書のレビューや判例検索、ディスカバリ(証拠開示)の工程において、AIによるLLMの活用が急速に進んでいます。しかし、これをそのまま日本企業に適用するにはいくつかのハードルがあります。

まず、言語と法体系の違いです。英米法(コモン・ロー)と日本の大陸法系では法的推論のプロセスが異なります。また、日本語の契約書は「ハイコンテクスト」な表現が多く、一般的な翻訳モデルや海外製の汎用LLMでは、文脈の機微や日本特有の商慣習(「善処する」「協議を行う」といった条項の法的効力の解釈など)を正確に読み取れないリスクがあります。

したがって、日本企業が法務領域でAIを活用する場合、日本の法律データを学習させた特化型モデルの採用や、RAG(検索拡張生成)による社内ナレッジの参照が必須となります。ここでは、技術的な精度だけでなく、法的な正確性を担保するための「Human-in-the-Loop(専門家による確認プロセス)」の設計が重要です。

AIガバナンス:技術部門と法務部門の連携

欧州の「AI法(EU AI Act)」成立や、米国のAIに関する大統領令など、世界的にAI規制が強化されています。日本国内でも「AI事業者ガイドライン」などが整備されつつあります。このような状況下では、開発・導入スピードを重視するエンジニアやプロダクト担当者と、リスク管理を重視する法務・コンプライアンス部門との間で摩擦が生じがちです。

しかし、AIプロジェクトを成功させる企業は、初期段階から法務部門を巻き込んでいます。これを「シフトレフト」と呼びますが、開発の後半で法的NGが出て手戻りするリスクを避けるためです。特に、生成AIが出力するコンテンツの著作権侵害リスクや、入力データに含まれる個人情報の取り扱い(改正個人情報保護法への対応)は、技術的なガードレールと法的な利用規約の両面で対策を講じる必要があります。

日本企業のAI活用への示唆

今回の記事は本来の法学修士に関する話題でしたが、そこから見えてくるのは「技術と法の融合」の重要性です。日本企業が取るべきアクションは以下の通りです。

  • クロスファンクショナルなチーム組成:AI導入プロジェクトには、初期段階から法務・知財担当者を参画させ、技術的な可能性と法的な制約を同時に検討する体制を作る。
  • 日本法に即したガイドラインの策定:海外製ツールの利用規約を鵜呑みにせず、日本の著作権法(特に柔軟な権利制限規定である30条の4など)や個人情報保護法に照らし合わせた社内利用ガイドラインを整備する。
  • 「二つのLLM」人材の育成:エンジニアには基礎的な法務知識(AI倫理・コンプライアンス)を、法務担当者には生成AIの仕組みや限界(ハルシネーションのリスクなど)を教育し、共通言語で議論できる土壌を作る。

AI技術が進化すればするほど、それを社会でどう安全に使うかという「法」の役割は増していきます。技術(Tech)と法(Legal)を対立構造ではなく、車の両輪として機能させることが、日本企業の競争力を高める鍵となるでしょう。

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