生成AIのトレンドは、単なる対話から「行動するAI(エージェント)」へと移行しつつあります。Oracleが発表したサプライチェーン管理(SCM)向けのAIエージェントと開発スタジオの事例をもとに、エンタープライズ領域におけるAI活用の次なるフェーズと、日本企業が直面する実装上の課題について解説します。
生成AIは「対話」から「実務代行」へ
2023年が「チャットボット」の年であったとすれば、2024年以降は「AIエージェント」の年と言えるでしょう。これまでの生成AI(LLM)は、ユーザーの質問に対してテキストやコードを返すことが主な役割でした。しかし、現在注目されている「AIエージェント」は、与えられたゴールに対して自らタスクを分解し、社内のシステムや外部ツールを操作して業務を完遂しようとする自律的な振る舞いを特徴とします。
Oracleが新たに発表した「AI Agent Studio for Fusion Applications」とサプライチェーン向けのAIエージェント機能は、まさにこのトレンドを象徴する動きです。これは単に在庫数を教えてくれるだけでなく、需要予測に基づいて発注案を作成したり、供給リスクを検知して代替ルートを提案したりといった、従来人間が判断していたプロセスの一部を担うことを目指しています。
サプライチェーン管理(SCM)とAIエージェントの親和性
なぜ、最初の本格的な適用領域としてサプライチェーンが選ばれることが多いのでしょうか。それは、SCMが「データ集約的」であり、かつ「判断のスピード」が利益に直結する領域だからです。
日本の製造業や小売業においても、物流の「2024年問題」や地政学的リスクによる供給網の分断は喫緊の課題です。熟練担当者の勘と経験に頼った在庫管理や配送計画は限界を迎えています。Oracleの事例にあるようなAIエージェントは、ERP(統合基幹業務システム)内の膨大なトランザクションデータと、外部の市場データなどを統合し、人間では処理しきれない変数を考慮した最適解を導き出すことが期待されています。
ここで重要なのは、AIが「提案」するだけでなく、システム上で「実行(または実行の準備)」まで行える点です。例えば、部品の納入遅延が予測された際、AIエージェントが自動的に影響を受ける製造オーダーを特定し、生産計画の変更案をスケジューラにセットするといった動きです。
日本企業における導入の障壁とリスク
しかし、こうしたグローバルベンダーの最新機能を日本企業がそのまま享受できるかというと、実務的にはいくつかのハードルがあります。
まず、「データのサイロ化」と「レガシーシステム」の問題です。AIエージェントが正しく機能するためには、ERP、在庫管理、物流システムなどが連携し、データが標準化されている必要があります。多くの日本企業で見られるような、部門ごとに個別最適化されたシステムや、Excelによる属人的な管理が残っている環境では、AIエージェントは正確な判断を下せません。
次に「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクとガバナンスです。クリエイティブな作業でのハルシネーションは許容されることもありますが、発注数や配送先の間違いは重大な損失につながります。AIエージェントにどこまでの権限を与えるか(自律的に発注させるのか、必ず人間の承認を挟むのか)という「Human-in-the-Loop(人間が介在する仕組み)」の設計が、日本企業のコンプライアンス基準では特に重要になります。
ベンダーロックインと内製化のバランス
Oracleの「AI Agent Studio」のようなプラットフォームは、企業固有のワークフローに合わせてエージェントを調整できる利便性を提供します。しかし、これは同時に特定のプラットフォームへの依存度を高めることにもつながります。国内企業としては、基幹システムに組み込まれたAI機能を活用して早期に成果を出すアプローチ(Buy)と、自社の競争力の源泉となる独自のデータやロジックを用いた内製AI(Build)をどう組み合わせるか、アーキテクチャレベルでの意思決定が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回のOracleの事例から、日本企業の実務担当者や意思決定者は以下の点を意識すべきです。
1. 「おしゃべり」から「ワークフロー自動化」への視点転換
AI活用の議論を「社内Wikiの検索」レベルで止めず、受発注や在庫調整といった具体的な業務プロセスにどう組み込むか、という「エージェント型」の議論へシフトさせる必要があります。
2. データ整備こそが最大のAI投資
高機能なAIエージェントも、元となるデータが汚れていれば機能しません。特にSCM領域では、マスタデータの整備やシステム間連携のAPI化が、AI導入の前提条件となります。AIプロジェクトとしてではなく、業務基盤のモダナイゼーションとして捉えるべきです。
3. ガバナンスと責任分界点の明確化
AIエージェントが誤った判断をした際の責任は誰が負うのか、どの金額規模までAIに裁量を持たせるのか。技術的な検証(PoC)と並行して、社内規定や業務フローの見直しを進めることが、実運用への近道となります。
