大規模言語モデル(LLM)の進化は、コーディング業務の生産性を劇的に向上させる一方で、サイバーセキュリティの攻防における新たなリスクも浮き彫りにしています。著名なセキュリティ専門家であるブルース・シュナイアー氏らが指摘するように、AIが未知の脆弱性(ゼロデイ)を発見・悪用する能力を高めている現状を踏まえ、日本企業がとるべき防御策と組織体制について解説します。
「コーディング支援」から「脆弱性ハンティング」へ
GitHub CopilotやChatGPTなどの生成AIツールは、いまや日本の開発現場でも標準的な装備となりつつあります。しかし、LLMの能力は単なる「コードの自動補完」にとどまりません。最新の研究やセキュリティ専門家の観測によれば、LLMはソフトウェアコード内の論理的な不整合を特定し、これまで人間が見落としていた「ゼロデイ脆弱性(修正プログラムが未提供の未知の欠陥)」を発見する能力を急速に高めています。
これは「諸刃の剣」です。防御側にとっては、リリース前に脆弱性を潰すための強力なツールとなりますが、同時に攻撃側にとっても、高度なスキルがなくとも脆弱性を突き止め、悪用コード(エクスプロイト)を生成できる環境が整いつつあることを意味します。かつては高度なハッカー集団しか持ち得なかった能力が、AIによって民主化されようとしているのです。
自動化される攻防と「人間の役割」の変化
元記事の文脈でも触れられているように、AIによるコーディング能力の向上は、初級・中級プログラマーの役割を変化させます。AIがコードを書き、AIが脆弱性を探す未来において、人間には「AIが書いたコードの妥当性を検証する能力」や「システム全体のアーキテクチャ設計におけるセキュリティ配慮」がより強く求められます。
特に懸念されるのは、攻撃のスピードアップです。AIエージェントが自律的に脆弱性を探索し、攻撃を試行するまでの時間が短縮されれば、従来の人間主体のパッチ適用サイクルでは対応が間に合わなくなる可能性があります。これに対抗するには、防御側もAIを活用した自動化(AIによる常時監視や自動修正提案)を取り入れる必要があり、セキュリティ運用は「人間対人間」から「AI対AI(人間は監督者)」の構図へとシフトしていくでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
日本の組織文化や商習慣を踏まえると、この技術動向は以下の3つの観点で重要な意味を持ちます。
1. 「AI生成コード」への過信とガバナンス
開発効率化のために生成AIを導入する企業は増えていますが、AIが生成したコードに脆弱性が含まれている可能性を常に考慮する必要があります。特に日本のSI(システムインテグレーション)構造では、委託先がAIを利用して納品した場合の品質責任が曖昧になりがちです。「AIが書いたから正しい」ではなく、「AIが書いたコードこそ厳格なセキュリティテスト(SAST/DAST)にかける」というプロセス(シフトレフト)を標準化する必要があります。
2. セキュリティ人材不足の解消とリスキリング
日本は慢性的なセキュリティ人材不足に悩まされています。AIが脆弱性発見を支援してくれることは、少ない人数で高品質なコードを維持するための追い風となります。エンジニアには、コードを書く速度よりも「AIが指摘した脆弱性の意味を理解し、適切に対処する」レビュー能力を重視した教育・評価制度への転換が求められます。
3. リスクベースのアプローチへの転換
「ゼロリスク」を好む日本の組織文化では、AIのリスクを恐れて導入そのものを禁止する動きも見られます。しかし、攻撃者は既にAIを使っています。重要なのは禁止することではなく、自社の資産が「AIによって容易に攻撃されうる」という前提で脅威モデルを更新することです。AIを活用したレッドチーム(擬似攻撃)演習などを検討し、実践的な防御力を高めるフェーズに来ています。
