2025年2月8日に報告されたGoogle関連サービスの広範な障害は、GmailやNestといった従来のツールだけでなく、GeminiやAppSheetといったAI・自動化基盤にも影響を及ぼしました。生成AIを業務プロセスの中核に据える企業が増える中、単一のクラウドAIベンダーへの依存が招くビジネスリスクと、日本企業が採るべき可用性確保(BCP)のアプローチについて解説します。
インフラとしてのAI:GeminiとAppSheet停止の意味
2025年2月8日、Googleの広範なサービス群において障害が発生したとの報告が相次ぎました。一般消費者にとってはスマートホーム機器(Nest)やメール(Gmail)が使えないという不便さに留まりますが、企業システムの視点で見ると、今回の障害にはより深刻な側面が含まれています。それは、生成AIモデルである「Gemini」や、ノーコード開発プラットフォーム「AppSheet」が含まれていた点です。
現在、多くの日本企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)の一環として、LLM(大規模言語モデル)をAPI経由で業務システムに組み込んだり、AppSheetのような基盤を用いて業務アプリを内製化したりしています。これらのサービスが停止するということは、単に「メールが見られない」だけでなく、顧客対応チャットボットの沈黙、社内ナレッジ検索の停止、あるいは自動化された受発注プロセスの寸断を意味します。AIはもはや「実験的なツール」ではなく「止まってはならないインフラ」になりつつある現実を、今回の事象は浮き彫りにしました。
単一モデル依存からの脱却と「LLMルーター」の検討
特定の巨大クラウドベンダー(ハイパースケーラー)の技術力は圧倒的ですが、日本企業が実務でAIを活用する際、単一のモデルやプロバイダーに100%依存する設計は、BCP(事業継続計画)の観点からリスクが高まっています。
実務的な解決策の一つとして、近年注目されているのが「LLMルーター」や「モデルオーケストレーション」という考え方です。これは、プライマリのAIモデル(例:Gemini)が応答しない場合、自動的にセカンダリのモデル(例:OpenAIのモデルや、Anthropicのモデル、あるいは自社ホストのオープンソースモデル)にリクエストを切り替えるアーキテクチャです。アプリケーション層でこの切り替えロジックを実装しておくことで、特定のクラウド障害時でも、精度や速度に多少の変化はあれど、サービス自体を継続させることが可能になります。
オンプレミス・エッジAI回帰の可能性
また、日本の商習慣において特に重視される「機密情報の保護」と「安定稼働」を両立させる手段として、クラウドとオンプレミス(またはエッジデバイス)を組み合わせるハイブリッド構成の重要性が再認識されています。
すべての処理を巨大なクラウドLLMに投げるのではなく、軽量なSLM(Small Language Models:小規模言語モデル)を自社サーバーやエッジ環境で稼働させ、定型的なタスクや障害時のバックアップとして機能させるアプローチです。日本には製造業を中心にエッジコンピューティングの強みを持つ企業が多く、通信遮断時でも最低限の推論機能を維持できる「サバイバビリティ(残存性)」の高いAIシステム構築は、国内ベンダーが差別化できる領域でもあります。
SLAと責任分界点の再確認
AIサービスのSLA(Service Level Agreement:サービス品質保証)は、従来のデータベースやストレージサービスに比べて、まだ発展途上の段階にある場合が少なくありません。特に生成AIの場合、「稼働率」だけでなく「レイテンシ(応答速度)」や「回答の質」も品質の一部ですが、障害時の補償範囲や責任分界点は契約によって異なります。
日本の法務・コンプライアンス部門は、AI導入契約時に「サービスが停止した場合の損害」をどこまでベンダーが負うか、あるいは自社がユーザーに対してどのような免責事項を設けるべきかを厳密に確認する必要があります。外部APIの停止が自社サービスの契約不履行に直結しないよう、利用規約の整備も急務です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の障害事例を踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の3点を意識してAI戦略を見直すべきです。
1. マルチモデル戦略の実装
特定のベンダーにロックインされることを避け、複数のAIモデルを状況に応じて使い分ける、あるいはバックアップとして機能させるシステム設計を標準化してください。これはコスト最適化の観点からも有効です。
2. 「グレースフル・デグラデーション」の設計
AI機能が停止した際に、システム全体がクラッシュするのではなく、ルールベースのチャットボットに切り替わる、あるいは「AI機能のみを一時的に無効化して基本機能は提供し続ける」といった、縮退運転(グレースフル・デグラデーション)の仕組みをUI/UXに組み込むことが重要です。
3. アナログ・代替手段の確保
極めて日本的な視点ですが、デジタル完結を急ぐあまり、システムダウン時の業務フロー(電話対応への切り替えやマニュアル運用)を完全に廃棄してしまうことは危険です。AIは確率的に動作し、かつ外部依存性が高い技術であることを前提に、最後の砦としての「人によるオペレーション」との連携をプロセスに残しておくことが、結果として組織のレジリエンス(回復力)を高めます。
