PC上でローカル動作し、人間の監視なしにアプリを操作する自律型AIエージェント「Moltbook」や「OpenClaw」が注目を集める一方、著名なAI研究者ゲイリー・マーカス氏らがセキュリティ上の懸念を表明しています。生成AIが「言葉を紡ぐ」段階から「行動する」段階へ移行する中で、日本企業は利便性とリスクをどう天秤にかけるべきか、その実務的な要点を解説します。
「チャット」から「アクション」へ:自律型エージェントの衝撃
これまでの生成AI、特にChatGPTに代表されるLLM(大規模言語モデル)は、主にテキストや画像の生成、要約、翻訳といった「情報の処理」に主眼が置かれていました。しかし、今回の「Moltbook」や「OpenClaw」に関する議論が浮き彫りにしたのは、AIが自ら判断し、ブラウザやアプリケーションを操作してタスクを完遂する「自律型エージェント(Autonomous Agents)」の普及と、それに伴うリスクです。
記事にあるように、これらのツールはローカル環境(ユーザー自身のPC内)で動作し、人間の承認プロセスを経ずに、SNSへの投稿やウェブサービス上での操作を独立して行います。これは業務効率化の観点からは革命的ですが、同時に「AIが勝手に何をしたか把握できない」という重大なガバナンス上の課題を突きつけています。
ゲイリー・マーカス氏が指摘する「信頼性」と「制御」の問題
AIに対する冷静な批評で知られるゲイリー・マーカス氏が警鐘を鳴らすのは、現在のAIモデルが持つ「幻覚(ハルシネーション)」や「予測不可能性」が、エージェント機能と結びついた際のリスクの大きさです。
単に誤った文章を出力するだけであれば修正で済みますが、AIが勝手に「商品を注文する」「不適切なメッセージを送信する」「社内システムの設定を変更する」といったアクションを起こした場合、その損害は現実世界に直結します。特にローカルで動作するオープンソース系のツールは、企業の中央管理(IT部門による統制)が及びにくく、いわゆる「シャドーAI」として現場で勝手に利用されるリスクが高まります。
日本企業における「Human-in-the-loop」の重要性
日本の商習慣において、組織としての意思決定や対外的な品質保証は極めて重要視されます。稟議や承認フローが厳格な日本企業において、AIが「独断」でアクションを起こすことは、コンプライアンスやブランド毀損のリスクに直結します。
したがって、現段階での導入においては、AIに完全に任せきりにするのではなく、最終的な実行ボタンは人間が押す、あるいはAIの提案を人間がレビューするという「Human-in-the-loop(人間がループの中にいる状態)」の設計が不可欠です。欧米企業のように「まずリリースして問題があれば修正する」アプローチではなく、日本企業は「事故を起こさないためのガードレール」をシステム的・運用的に設けることが求められます。
ローカルLLM活用のメリットと「データ持ち出し」のジレンマ
一方で、Moltbookのようなツールが「ローカルで動作する」という点は、セキュリティ意識の高い日本企業にとって大きなメリットでもあります。クラウドにデータを送信せず、手元のマシンだけで完結するため、機密情報の漏洩リスクを理論上は遮断できるからです。
しかし、これは諸刃の剣です。ローカルで動くがゆえに、ログの監査や利用状況のモニタリングが難しくなります。エンジニアや現場担当者が、個人の判断で強力なAIエージェントをPCにインストールし、業務データを処理させた結果、予期せぬ挙動でデータが破損したり、著作権侵害を引き起こしたりする可能性があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の騒動と技術トレンドを踏まえ、日本の意思決定者や実務担当者は以下の点に留意すべきです。
- 「生成」と「行動」の区別と規制: 社内ガイドラインにおいて、文章作成支援(生成)と、システム操作の代行(行動・エージェント)を明確に区別し、後者についてはより厳格な承認プロセスを設ける必要があります。
- ローカルAIの資産管理: 従業員のPC端末において、未許可のAIエージェントツールのインストールを検知・制限する仕組み(EDRやIT資産管理ツールの活用)を再確認してください。
- 段階的な自動化: いきなり対外的なアクション(メール送信、SNS投稿、発注)をAIに自律させるのではなく、まずは「下書き作成」や「社内検索」など、ミスが許容される範囲からエージェント活用を始め、信頼性を検証してください。
- 責任の所在の明確化: AIが行った操作によって損害が発生した場合、誰が責任を負うのか(利用者か、管理者か)を明確にし、法的なリスク(電子商取引法や不正アクセス禁止法などとの兼ね合い)を法務部門と整理しておくことが推奨されます。
