米国退役軍人省(VA)がAI利用状況の目録(インベントリ)を更新し、自殺防止や電子カルテ業務支援といったセンシティブな領域での活用を公表しました。この事例は、日本企業が「守りのガバナンス」と「攻めの活用」をどう両立させるべきか、重要な示唆を含んでいます。
米国退役軍人省が進める「ハイリスクAI」の実装
米国退役軍人省(VA)は、連邦政府機関の中でも積極的にAI活用とその透明性確保を進めている組織の一つです。最新の報告によると、VAは新たに自殺リスクの予測や、電子カルテ(EHR)入力の効率化を目的としたAIエージェントの活用をその管理目録(AIインベントリ)に追加しました。
特筆すべきは、これらが単なる実験的なプロジェクトではなく、人命に関わるメンタルヘルスケアや、医療従事者の過重労働問題に直結する基幹業務プロセスへの実装であるという点です。自殺防止という極めて繊細な(ハイリスクな)領域と、事務作業の効率化という実務的な領域の双方で、AIが「実用段階」に入っていることを示しています。
「AIインベントリ」というガバナンスの基盤
このニュースから日本のビジネスリーダーが注目すべきは、個別のAI機能そのものよりも、それらを管理する「AIインベントリ(目録)」という仕組みです。米国では大統領令などに基づき、各省庁がどのようなAIシステムを使用しているかをリスト化し、公開することが求められています。
日本企業において、自社内のどの部門が、どのようなAIモデル(SaaSを含む)を使用しているか、正確に把握できている組織はどれほどあるでしょうか。現場主導で便利なAIツールが導入される「シャドーAI」のリスクが高まる中、全社的なAI資産の棚卸しと可視化(インベントリ管理)は、ガバナンスの第一歩です。VAの事例は、リスクの高い用途であっても、透明性を担保し管理下におくことで、社会的な信頼を得ながら推進できることを示唆しています。
医療・ヘルスケア以外の産業への応用
VAが導入を進める「電子カルテ(EHR)の入力支援」は、日本のあらゆる産業における「ドキュメンテーション業務」の効率化に応用可能な事例です。日本の医療現場や介護現場、あるいは金融や製造の現場においても、専門職が本来の業務よりも報告書作成に時間を奪われている現状があります。
生成AIや大規模言語モデル(LLM)を用いた記録業務の自動化は、労働人口減少が進む日本において最もROI(投資対効果)が出やすい領域の一つです。ただし、ここで重要になるのは「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスク管理です。VAのような公的機関が採用する場合、最終的な確認プロセスには必ず人間が介在する「Human-in-the-loop」の体制が組まれていると考えられます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国の動向を踏まえ、日本の組織が意識すべき点は以下の3点に集約されます。
1. 「AIインベントリ」の整備によるシャドーAI対策
リスクを恐れて禁止するのではなく、社内で稼働しているAIプロジェクトや利用ツールを台帳化(インベントリ化)し、管理可能な状態に置くことから始めてください。これにより、重複投資の回避やセキュリティリスクの可視化が可能になります。
2. ノンコア業務(ドキュメンテーション)の徹底的なAI化
VAの電子カルテ事例のように、専門家が専門業務に集中できるよう、付帯業務である「記録・報告」のプロセスにAIを組み込むアプローチは、日本の現場文化とも親和性が高く、受け入れられやすい導入形態です。
3. ハイリスク領域における透明性の確保
人事評価や与信判断、安全管理など、リスクの高い領域でAIを活用する場合、ブラックボックス化を避け、どのような目的でどのようなデータを使っているかをステークホルダー(従業員や顧客)に説明できる体制を作ることが、実装の前提条件となります。
