7 2月 2026, 土

紅海ルート再開のニュースから読み解く「AI×物流」──不確実性下における意思決定と数理最適化

マースクとハパックロイド(Gemini Cooperation)が紅海ルートの利用を再開・検討するというニュースは、グローバル・サプライチェーンにおける「効率」と「リスク」のバランスが新たな局面に入ったことを示唆しています。本稿では、AIの専門家の視点から、複雑な物流網における数理最適化や動的リスク管理の現状を解説し、日本企業が不確実な環境下でAIをどう活用すべきかを考察します。

物理的な距離と地政学的リスクのトレードオフ

海運大手のマースクとハパックロイドが提携する「Gemini Cooperation」が、スエズ運河を経由する紅海ルートの利用により、地中海への輸送時間短縮(ラウンドトリップの迅速化)を追求しているという報道がありました。これは単に「近道を選ぶ」という単純な話ではありません。

物流の世界では、燃料コスト、船員の稼働時間、港湾の混雑状況、そして地政学的リスク(攻撃を受ける可能性や保険料の高騰)といった無数の変数が存在します。従来、これらの判断は経験豊富な人間の勘と経験に依存してきましたが、近年では機械学習(ML)とオペレーションズ・リサーチ(OR)を組み合わせた高度なシミュレーションが意思決定を支えています。

サプライチェーンにおけるAI:生成AIではなく「予測と最適化」

昨今のAIブームではLLM(大規模言語モデル)や生成AIが注目されがちですが、物流やサプライチェーン管理(SCM)の核心部分で活躍しているのは、依然として「予測AI」と「数理最適化」です。

例えば、紅海ルートを通るべきか、アフリカ喜望峰を回るべきかという判断には、以下のようなAI技術が応用されています。

  • 動的ルーティング(Dynamic Routing):リアルタイムの気象データや紛争地域の情勢データを入力とし、到着予定時刻(ETA)のズレを最小化するルートを算出する。
  • デジタルツインによるシナリオ分析:「もし紅海で再び攻撃が発生したら?」というシナリオを仮想空間でシミュレーションし、代替ルートへの切り替えコストや在庫枯渇リスクを定量化する。

今回のニュースは、データに基づき「リスク許容範囲内での効率化が可能」と判断された、あるいは「遠回りによる損失がリスクを上回った」という、高度な計算の結果であるとも推察できます。

日本企業における「人間中心」のAI活用と課題

日本の物流・製造業においても、こうしたAIによる最適化ニーズは極めて高い状態にあります。特に「2024年問題(トラックドライバーの時間外労働規制)」に代表される人手不足は深刻で、配送ルートの自動最適化や積載率の向上は待ったなしの課題です。

しかし、日本企業特有の課題も存在します。それは「現場の暗黙知」と「ゼロリスク志向」です。AIが「リスクはあるが最短ルート」を提案した際、日本の組織では責任の所在が不明確になりがちで、結局、非効率でも安全な(従来通りの)選択肢が採用されるケースが散見されます。

また、商習慣として「納期遵守」が絶対視される日本では、海外企業以上にバッファ(余裕)を持たせた計画が好まれます。AI導入においては、単に計算上の最適解を出すだけでなく、こうした「日本的な安全マージン」を制約条件としてモデルに組み込むエンジニアリングが求められます。

日本企業のAI活用への示唆

今回の海運大手の動向とAI技術の現状を踏まえ、日本の意思決定者や実務者は以下の点を意識すべきです。

  • 「予測」と「決断」の分離:AIは膨大な変数から最適解やリスク確率を提示できますが、最終的な「安全への責任」を負うのは人間です。AIを「判断の自動化」ではなく「判断の高度化」ツールとして位置づけるガバナンスが必要です。
  • LLMと数理モデルのハイブリッド活用:非構造化データ(現地のニュースや地政学レポート)の解析にはLLMを用い、その結果をリスク係数として数理最適化モデルに組み込むなど、異なるAI技術の融合が実務的なトレンドになっています。
  • 動的な計画変更への耐性:一度決めた計画を死守するのではなく、状況変化に応じてAIが再計算したプランに即座に移行できる「組織のアジリティ(敏捷性)」こそが、AI導入の真の効果を引き出します。

グローバルな物流網の変動は、島国である日本のビジネスに直結します。AIを単なる効率化ツールとしてだけでなく、不確実性に対抗するための「レーダー兼ナビゲーター」として活用する視点が、今の日本企業には求められています。

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