大規模言語モデル(LLM)は流暢な文章を生成しますが、言葉が持つ「印象」や「質感」を人間と同じように捉えているのでしょうか。最新の研究視点によると、言葉の「具体性」においては人間とAIの高い合致が見られる一方、「象徴性(音象徴など)」においては異なる傾向が示唆されています。本稿では、この「感覚のズレ」が日本のビジネス、特にマーケティングや顧客対応にどのような影響を与えるかを解説します。
論理的な「意味」と感覚的な「印象」のギャップ
生成AIの導入が進む中で、多くの日本企業が直面するのが「AIの出力する文章は正しいが、何かが違う」という違和感です。Tech Xplore等で紹介されている最近の研究動向によれば、LLMは言葉の具体性(Concreteness)に関しては、人間と非常に近い評価を下せることがわかっています。例えば、「リンゴ」や「机」といった具体的な物体と、「自由」や「愛」といった抽象的な概念の区別、あるいはそれらが文脈の中でどう機能するかについては、人間とAIの間で高い相関関係が見られます。
しかし、象徴性(Iconicity)、すなわち言葉の音や形が持つ感覚的なニュアンスについては、人間と同様の「理解」をしているとは限りません。象徴性とは、例えば「キラキラ」という音が持つ明るさや、「ドスン」という音が持つ重さのように、記号そのものが意味を帯びる性質を指します。元の研究データが示唆するように、この領域ではAIと人間の知覚プロセスに相違が生じる可能性があります。これは、AIが膨大なテキストデータからの統計的な確率に基づいて言葉を処理しており、身体的な感覚器を持っていないことに起因する根本的な限界点とも言えます。
ハイコンテクストな日本社会における課題
この「具体性」と「象徴性」のギャップは、英語圏以上に日本語環境でのビジネスにおいて重要な意味を持ちます。日本語はオノマトペ(擬音語・擬態語)が極めて豊富であり、「ふわふわ」と「もこもこ」、「きっちり」と「かっきり」のように、微細な音の違いで質感や状況を使い分けます。また、日本独特の「空気を読む」ハイコンテクストな文化においては、言葉の辞書的な意味以上に、その言葉が醸し出す「雰囲気」や「情緒」が意思決定や信頼形成に寄与します。
LLMが「具体性」の理解に優れているということは、要約、翻訳、情報抽出、論理的な推論といったタスクにおいては、日本企業でも即戦力として機能することを意味します。一方で、「象徴性」や「印象」の理解にズレがある場合、キャッチコピーの作成、ブランディング、クレーム対応などの「感情的な共感」が求められる領域では、AI任せにすることにリスクが伴います。AIが生成した「正論だが冷たい文章」や「文法は正しいが、自社のブランドカラーにそぐわない表現」は、こうした認知のギャップから生まれるのです。
実務におけるリスクコントロールと使い分け
企業がLLMをプロダクトや業務フローに組み込む際は、タスクの性質を見極める必要があります。仕様書作成やプログラミング、法務文書のチェックなど「具体性と論理性」が重視される業務では、AIは人間の強力なパートナーとなります。
一方で、マーケティングメッセージの生成や、微妙なニュアンスを含む顧客の声(VoC)分析においては、AIの出力結果を人間が「感覚的」にレビューするプロセス(Human-in-the-loop)が不可欠です。AIは「悲しい」という単語を統計的に処理できても、その背後にある「胸が締め付けられるような悲しみ」という身体的感覚(クオリア)を共有しているわけではないからです。この限界を理解せずに顧客対応を完全自動化することは、予期せぬ炎上やブランド毀損のリスクを招く恐れがあります。
日本企業のAI活用への示唆
本稿で取り上げた「言葉の印象理解」に関する議論から、日本企業の実務担当者が押さえるべきポイントは以下の3点です。
- 「論理」と「感性」のタスク分類: 自社で自動化したい業務が、AIの得意な「具体的・論理的処理」なのか、人間とのズレが生じやすい「象徴的・感性的処理」なのかを明確に定義してください。後者の場合、完全自動化ではなく人間による最終確認をプロセスに組み込むことが重要です。
- 日本語特有のニュアンスへの対応: 汎用的なLLMをそのまま使うのではなく、自社の過去の良質な対応履歴やブランドガイドラインを学習(RAGやファインチューニング)させることで、AIの「印象」のズレを補正し、自社のトーン&マナーに近づける工夫が必要です。
- リスク評価の多角化: AIガバナンスの観点では、ハルシネーション(嘘の生成)だけでなく、「不適切なトーン(冷淡、慇懃無礼など)」もリスクとして評価項目に加えるべきです。特に顧客接点においては、言葉の選び方一つが大きな影響を持つことを再認識する必要があります。
