生成AIの活用は、単なるチャット対話から、外部ツールと連携して実務をこなす「エージェント」の段階へ移行しつつあります。リーガルテック開発の現場視点から話題となった「現在のAIアプリ開発は、かつてのFacebookアプリブームに似ている」という議論をベースに、OpenAIとAnthropicのアプローチの違い、そして日本企業が意識すべきプラットフォーム戦略とデータガバナンスについて解説します。
「チャット」から「プラットフォーム」への進化
現在、生成AI業界では大規模言語モデル(LLM)自体の性能競争と並行して、「いかに外部システムや自社データとスムーズに連携させるか」というエコシステムの競争が激化しています。Hacker Newsで議論を呼んでいる元記事は、米国のリーガルリサーチプラットフォーム「Midpage」の開発者が、ChatGPTとClaudeそれぞれの統合機能(Integration)を比較したものです。
元記事では、現在のAIプラットフォームの状況を、かつての「Facebookアプリ(Facebook Canvas)」のブームになぞらえています。2010年代初頭、多くの企業がFacebook上で動くアプリを開発し、ユーザー獲得の恩恵を受けた一方で、プラットフォーム側の仕様変更やポリシー変更によりビジネスが翻弄された歴史があります。これは、現在のAIプラットフォーム上にサービスを構築しようとしている企業にとって、重要な教訓を含んでいます。
OpenAIとAnthropicの対照的なアプローチ
日本企業がAIを業務システムに組み込む際、OpenAI(ChatGPT)とAnthropic(Claude)のどちらを基盤にするか、あるいは併用するかという判断は重要です。両者のアプローチは大きく異なります。
OpenAIの「GPTs」や「Actions」は、OpenAIのサーバー側で処理が完結するホスティングモデルに近い性質を持ちます。これは開発や配布が容易である反面、データがOpenAIのインフラを経由・滞留することを意味します。一方、Anthropicが推進する「Model Context Protocol(MCP)」は、クライアントサイド(ローカル環境や自社サーバー)で動作するリソースとAIを接続するためのオープンな標準規格を目指しています。
元記事の開発者は、特に機密性の高いデータを扱う法務(リーガル)分野において、この違いが決定的であると指摘しています。MCPのアプローチであれば、機密データを外部のAIサーバーに「預ける」ことなく、必要なコンテキストだけを安全にAIに渡して処理させるアーキテクチャが組みやすいからです。
「プラットフォーム依存」のリスクとデータガバナンス
かつてのFacebookアプリの事例が示唆するのは、「特定のAIベンダーの庭(プラットフォーム)」の中でビジネスや業務フローを完結させることのリスクです。ChatGPTのインターフェース内ですべての業務を行う形に依存しすぎると、OpenAIの仕様変更や価格改定、あるいはサービス停止の影響を直接的に受けます。
日本の商習慣では、データの所在や管理責任が厳しく問われます。特に金融、医療、製造業の設計部門などでは、「便利だから」という理由だけで外部プラットフォームにデータを全預けすることは困難です。その意味で、MCPのように「接続の仕様」だけを標準化し、データの実体や処理主体は自社(または自社の管理するクラウド環境)に残せるアプローチは、日本のエンタープライズ環境と親和性が高いと言えます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の議論から、日本企業がAI活用を進める上で考慮すべきポイントは以下の3点に集約されます。
1. モデル性能だけでなく「接続性」で選ぶ
「どちらのAIが賢いか」というIQ競争だけでなく、「自社のレガシーシステムやデータベースと、安全かつ低コストに接続できるのはどちらか」という視点を持つべきです。特にオンプレミス環境や閉域網での利用を想定する場合、AnthropicのMCPのようなオープンスタンダードな接続方式が有利に働く可能性があります。
2. 「AI内アプリ」と「自社アプリへのAI組み込み」の使い分け
ChatGPTやClaudeの画面(Web UI)上で動くアプリ開発は、プロトタイピングや社内の一部門での利用には適していますが、基幹業務や顧客向けサービスとするにはプラットフォームリスクが高すぎます。本格的な展開では、APIを利用して自社の管理下にあるUIにAI機能を呼び出す設計が、長期的な安定性につながります。
3. データガバナンス主導のアーキテクチャ選定
「社外秘データをどこまで外部に渡すか」の基準を明確にする必要があります。すべてをAIベンダーに渡すのではなく、検索や前処理は自社環境で行い、最終的な要約や推論だけをLLMに依頼する「RAG(検索拡張生成)」等の構成において、どのプロトコル(通信規約)を採用するかが、将来のベンダーロックイン回避の鍵となります。
