生成AIの活用がPoC(概念実証)から実運用フェーズへ移行する中、多くの企業が「自社データをいかにモデルに食わせるか」という課題に直面しています。大規模言語モデル(LLM)の性能そのものよりも、社内に散在するデータへの安全かつ迅速なアクセスこそが、AIプロジェクトの成否を分ける鍵となります。
「一般的な回答」から「自社独自の価値」へ
生成AI、特にChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)を利用したことがある方なら、誰もが経験することですが、モデルに一般的な知識だけで質問を投げかけても、返ってくるのは「無難で一般的」な回答に過ぎません。ビジネスの現場において、こうした回答だけでは競争優位を生み出すことは困難です。
企業がAIから真の価値を引き出すためには、社内の独自データ(顧客履歴、製品仕様書、議事録、過去のトラブル対応ログなど)をAIに参照させる必要があります。現在、多くの企業が取り組んでいるRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)は、まさにこの文脈で注目されている技術です。
しかし、ここで最大の障壁となるのが「データアクセス」の問題です。
日本企業を悩ませる「データのサイロ化」とETLの負担
日本企業のIT環境は、長年の運用の積み重ねにより複雑化しています。メインフレーム上の基幹システム、クラウド上のデータウェアハウス、各部門が個別に導入したSaaS(SalesforceやKintoneなど)、そしてファイルサーバー上のExcelファイルなど、データは組織内で分断(サイロ化)されています。
従来のアプローチでは、これらのデータをAIで活用するために、一度すべてのデータを単一のデータレイクやウェアハウスにコピー・統合する「ETL(抽出・変換・ロード)」処理が必要でした。しかし、この手法には以下の問題があります。
- 時間の浪費:データパイプラインの構築と維持に膨大なエンジニアリソースが必要となり、AI活用までのリードタイムが長くなる。
- コストと鮮度:データの複製によるストレージコストの増加や、同期のタイムラグによるデータの陳腐化。
- ガバナンスの複雑化:データが複製されることで、どこに機密データがあるのか管理が難しくなる。
「データを動かさずに使う」分散型アプローチ
Techzine Globalの記事で紹介されているStarburst(オープンソースの分散SQLエンジン「Trino」をベースとした商用製品)のようなソリューションが提唱するのは、データを一箇所に集めるのではなく、「データがある場所に対して直接クエリを投げる」というアプローチです。
これは「データ仮想化」や「データフェデレーション」とも呼ばれる考え方です。AIアプリケーション(あるいはデータサイエンティスト)は、データがオンプレミスにあるかクラウドにあるかを意識することなく、単一のアクセスポイントを通じて必要な情報を取得できます。
このアプローチの最大のメリットは「即時性」です。物理的なデータ移動を待つことなく、論理的な接続さえ確立できれば、すぐにAIモデルに最新のデータを供給できるようになります。
ガバナンスとセキュリティのリスク管理
一方で、データアクセスを容易にすることは、セキュリティリスクとのトレードオフでもあります。誰でもすべてのデータにアクセスできてしまえば、情報漏洩のリスクは高まります。
AI活用におけるデータアクセス層には、単につなぐだけでなく、「誰が、どのデータに対して、どのような権限で見ることができるか」を一元管理する機能が不可欠です。特に日本企業では、個人情報保護法や業界ごとの厳しいコンプライアンス要件への対応が求められます。
最新のデータアクセス基盤では、データの物理的な場所に関わらず、マスキング(秘匿化)や行・列レベルでのアクセス制御をポリシーベースで適用する機能が実装されています。これにより、「AIには学習させたいが、個人名は伏せたい」といった細かな制御が可能になります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの潮流と日本の現状を踏まえると、AI活用を目指す日本企業のリーダーは以下の点を意識すべきです。
- 「完全な統合」を待たない:すべてのデータをきれいなデータウェアハウスに統合してからAIを始めるのでは遅すぎます。データが散在していることを前提とし、それらを仮想的に統合してアクセスさせる技術の採用を検討してください。
- ガバナンスを「ブレーキ」ではなく「ガードレール」にする:セキュリティ部門と連携し、データアクセス層でのポリシー制御を確立することで、現場が安心してデータを使える環境を整備することが重要です。
- ベンダーロックインの回避:特定のクラウドやデータベースにデータを縛り付けるのではなく、オープンなフォーマット(Icebergなど)やオープンソースベースのクエリエンジンを活用し、将来的な技術変更に柔軟に対応できるアーキテクチャを描くことが推奨されます。
AIの精度は「モデルの賢さ」×「データの質と量」で決まります。日本企業が持つ質の高い現場データを、いかに速く、安全にAIへと流し込めるか。そのための「データアクセスの近代化」こそが、今のIT部門に求められる最優先事項と言えるでしょう。
