社内データを生成AIに連携させる「RAG(検索拡張生成)」は、企業のDXにおいて中心的な技術となりつつあります。しかし、単にデータを投入するだけでは、AIが文脈を無視した回答をしてしまうケースが後を絶ちません。本記事では、従来のRAGシステムが抱える「文書の細断(シュレッダー)」問題を解説し、日本特有の文書文化において企業が採るべき解決策とガバナンスの視点を提示します。
RAGの現場で起きている「文書の細断」問題
現在、多くの日本企業が社内ナレッジをChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)で活用するために、RAG(Retrieval-Augmented Generation)システムの構築に取り組んでいます。しかし、PoC(概念実証)から本番運用へ移行する段階で、「回答の精度が上がらない」「関連性の低い情報を参照して嘘をつく(ハルシネーション)」という課題に直面するケースが増えています。
元記事が指摘するように、この問題の根本原因の多くはLLMそのものではなく、前段のデータ処理、具体的には「チャンキング(Chunking)」の手法にあります。従来の多くのRAGシステムは、長文のドキュメントを「500文字ごと」「1000文字ごと」といった機械的な文字数で区切ってデータベース化します。これを記事では「文書の細断(Shredding)」と表現しています。
文脈や論理構造を無視して切り刻まれたデータは、いわばシュレッダーにかけられた紙片のようなものです。AIが質問に関連する断片を見つけ出せたとしても、その前後の文脈が失われているため、結果として不正確な推論や事実の誤認を引き起こしてしまいます。
日本企業特有の「文書構造」の難しさ
この「細断」の問題は、日本企業の文書環境においてより深刻です。英語圏のドキュメントが比較的テキストベースで構造化されているのに対し、日本のビジネス文書は以下のような特徴を持つことが多いためです。
第一に、日本語は文脈依存度が高い言語(ハイコンテクスト文化)です。主語が省略されたり、指示語(あれ、それ)が多用されたりするため、機械的に文章を分断すると、その断片が何を指しているのかがAIには全く理解できなくなります。
第二に、日本企業はPowerPointやExcel、あるいはレイアウトが複雑なPDFを「文書」として扱う傾向が顕著です。テキスト、図版、表組みが入り混じった資料を、単純なOCR(光学文字認識)やテキスト抽出ツールで処理すると、行の並びが崩れ、意味不明な文字列としてAIに学習されてしまいます。これを解決しない限り、どれほど高性能なLLMを導入しても、回答精度は向上しません。
「セマンティック・チャンキング」への転換
この課題を克服するために注目されているのが、「セマンティック・チャンキング(意味的な分割)」というアプローチです。単に文字数で区切るのではなく、文書の見出し構造や段落、あるいは内容の意味的なまとまりを解析し、AIが理解しやすい単位でデータを分割・保存する手法です。
例えば、契約書の条文やマニュアルの手順など、一つのトピックが完結する単位でデータを保持することで、RAGの検索精度は飛躍的に向上します。元記事でも、恣意的な分割を捨て、文書の意味構造を理解するシステムへの移行が不可欠であると論じられています。
ただし、これを実現するには技術的なコストがかかります。ドキュメントのレイアウト解析技術や、日本語特有の文構造を理解するパーサー(解析器)の選定、場合によっては人間によるデータ整備(データクレンジング)のプロセスが必要となります。
日本企業のAI活用への示唆
以上の動向を踏まえ、日本の意思決定者やAI推進担当者は以下の点に留意してプロジェクトを進めるべきです。
1. 「データ前処理」への投資を惜しまない
「PDFを放り込めばAIが答えてくれる」という魔法は存在しません。特に日本の複雑な文書を扱う場合、RAGシステムの品質の8割はデータの前処理(前捌き)で決まると言っても過言ではありません。ETLツール(データの抽出・変換・加工)やOCR技術の選定を慎重に行う必要があります。
2. 評価指標(Evaluation)の確立
AIが正しく回答できているかを、感覚ではなく定量的に評価する仕組み(RAG Evaluation)が必要です。特にコンプライアンスに関わる文書や、顧客対応マニュアルにおいては、誤ったチャンキングによる回答ミスが法的リスクや信用失墜につながる可能性があります。
3. 文書作成文化の見直し
中長期的には、AIが読み取りやすい形式で文書を作成するよう、組織の文化を変えていくことも重要です。見た目重視の「凝ったレイアウトのPDF」から、構造化されたドキュメントやWiki形式への移行を進めることは、AI活用の効率を高めるだけでなく、組織全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる土台となります。
