マイクロソフトがSQL Server 2025のAI機能をアピールする新たな取り組みを発表しました。これは単なる新製品のプロモーションにとどまらず、長年企業の基幹システムを支えてきたRDBMS(リレーショナルデータベース)が、生成AI活用の核心的な基盤へと進化している現状を象徴しています。本稿では、この「SQL + AI」という世界的なトレンドが、日本の実務現場やデータガバナンスにどのような変化をもたらすのかを解説します。
「SQL + AI」というパラダイムシフト
マイクロソフトは近日中に、SQL Server 2025のAI機能を活用したコンテストを開催すると予告しました。このニュースの背景には、従来「データの保存・集計」を主務としてきたデータベース製品が、急速に「AIの推論・検索基盤」へと役割を拡大しているという大きな潮流があります。
具体的には、PostgreSQLの「pgvector」やOracle Databaseの「AI Vector Search」と同様に、SQL Serverもベクトル検索(Vector Search)機能をネイティブでサポートする方向へ進んでいます。これにより、テキストや画像などの非構造化データを数値ベクトルとしてデータベース内に格納し、SQLを使って「意味的な近さ」に基づいた検索が可能になります。これは、LLM(大規模言語モデル)に社内知識を参照させる「RAG(検索拡張生成)」システムの構築において極めて重要な要素です。
日本企業における「既存資産」の強みを活かす道
日本国内、特にエンタープライズ領域では、長年にわたり業務システムのバックエンドとしてSQL Serverが広く採用されています。これまで、生成AIを活用したRAGシステムを構築しようとすると、既存のRDBMSとは別に、AI専用のベクトルデータベース(PineconeやWeaviateなど)を新規に導入・管理する必要があり、これがインフラの複雑化や学習コストの増加を招いていました。
しかし、「SQL + AI」の統合が進むことで、企業は以下のメリットを享受できるようになります。
第一に、「データの移動リスク」の低減です。顧客情報や機密データが含まれる基幹データベースからデータを外部へ持ち出すことなく、同じセキュリティ境界内でAI処理を完結させやすくなります。これは、個人情報保護法や厳しい社内セキュリティポリシーを遵守しなければならない日本企業にとって、大きな安心材料となります。
第二に、「既存人材」の活用です。日本にはSQLに精通したエンジニアやSIerが数多く存在します。AI専任のエンジニアを新たに採用・育成しなくとも、既存のSQLエンジニアが慣れ親しんだツールや言語でAIアプリケーションの開発・運用に関われるようになることは、人材不足に悩む現場にとって朗報です。
導入に向けた課題とリスク
一方で、手放しで導入できるわけではありません。実務的にはいくつかの課題も存在します。
まず、リソース管理の難しさです。従来のトランザクション処理(OLTP)を行っているデータベースサーバー上で、負荷の高いベクトル検索やAI推論処理を行えば、基幹業務のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。AIワークロードと業務ワークロードを適切に分離・制御する設計が求められます。
また、精度の検証(Evaluation)も不可欠です。「SQLでAIが使える」からといって、回答の精度が自動的に保証されるわけではありません。ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクは依然として残るため、生成された回答の根拠をどう提示させるか、人間がどうチェックするかという運用フローの整備は、技術選定と同じくらい重要です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の「SQL + AI」の動きから、日本企業の意思決定者やエンジニアが得るべき示唆は以下の通りです。
- 「AI専用DB」に固執しない: 最新のRDBMSはAI機能を急速に取り込んでいます。新規にベクトルDBを導入する前に、現在利用しているデータベース(SQL Server、Oracle、PostgreSQLなど)のロードマップを確認し、既存インフラの延長線上でRAGなどが実現できないか検討してください。
- ガバナンスとAIの統合: データが散在することを防ぐため、可能な限り「データがある場所」にAI機能を持っていく(Data Gravityの考え方)戦略が、セキュリティとガバナンスの観点から推奨されます。
- エンジニアの再定義: SQLエンジニアに対し、ベクトル検索やプロンプトエンジニアリングの基礎知識をリスキリングすることで、彼らを即戦力の「AIアプリケーション開発者」へと転換できる可能性があります。
