ChatGPTのような生成AIが医療記録(カルテ)を作成する際、そこに「共感的コミュニケーション」を含めることができるかを検証した研究が注目されています。単なる事実の羅列ではなく、人間の感情や文脈に寄り添った記述が可能かどうかは、医療に限らず、顧客対応や人事など多くの対人業務におけるAI活用の試金石となります。本稿では、この研究を端緒に、日本企業が「AIによる共感の模倣」をどうビジネスに組み込み、リスクを管理すべきかについて解説します。
事実の記録から「文脈の理解」へ進化するAI
これまでの業務効率化におけるAIの役割は、会議の議事録作成やデータ入力といった「事実情報の正確な転記」が主でした。しかし、今回取り上げる「ChatGPTが作成した医療記録における共感的コミュニケーションの評価」という研究テーマは、AI活用が次のフェーズに入りつつあることを示唆しています。
医療現場におけるカルテ(診療録)は、単に病状や処方薬を記録するだけのものではありません。患者が抱える不安、医師が示した配慮、信頼関係の構築プロセスといった「定性的な文脈」も重要な情報です。この研究は、確立されたコミュニケーションのフレームワークを用いて、AIが生成したテキストの中に言語的な「共感マーカー」が含まれているかを定量的に測定しようとするものです。
もしAIが事実だけでなく、こうした「情緒的な文脈」までも適切に言語化できるのであれば、カスタマーサポートの対応履歴作成、営業日報、あるいは1on1ミーティングの記録など、日本企業が重視する「文脈」や「行間」を読む業務への適用範囲が大きく広がります。
「共感」の模倣と日本独自のコミュニケーション
大規模言語モデル(LLM)における「共感」とは、AIが感情を持つことではなく、膨大な学習データに基づき「人間が共感を感じるであろう言葉選びや構成」を確率的に出力する能力を指します。これを「認知的共感(Cognitive Empathy)」のシミュレーションと捉えることができます。
日本のビジネス環境において、この能力は諸刃の剣です。日本には「空気を読む」「相手の顔を立てる」といったハイコンテクストな文化があります。現在のLLMは日本語の敬語やビジネスマナーをかなり高いレベルで習得していますが、微妙なニュアンスの取り違えが、かえって相手に「冷たい」「慇懃無礼」という印象を与えるリスク(不気味の谷現象に近い違和感)も孕んでいます。
特に医療やメンタルヘルス、クレーム対応といったセンシティブな領域では、AIが生成した「共感的な文章」が、場合によっては表層的すぎると受け取られ、信頼を損なう可能性があることを理解しておく必要があります。
AIガバナンスとハルシネーションのリスク
実務への適用を考える際、最も注意すべきはやはり「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクです。医療記録において、患者が言っていない症状や、医師が発していない共感の言葉をAIが勝手に創作してしまうことは許されません。
企業が導入する際は、RAG(検索拡張生成)などの技術を用いて参照データを事実に限定する技術的な対策に加え、「AIは下書きを作成し、最終的な感情のニュアンスや事実確認は人間が行う」というHuman-in-the-Loop(人間が介在するプロセス)の徹底が不可欠です。特に日本では、個人情報保護法や各業界のガイドライン(医療情報の取り扱いなど)が厳格であるため、AIの出力結果に対する責任の所在を明確にしておく必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の研究テーマである「AIによる共感的記述」から、日本のビジネスリーダーや実務者が得るべき示唆は以下の3点に集約されます。
1. 「対面時間の質」を向上させるためのAI活用
AIに記録や要約を任せる最大の目的は、人間がPC画面ではなく、目の前の相手(患者や顧客)に向き合う時間を増やすことです。医師の働き方改革(タスク・シフト/シェア)と同様、日本の多くの現場で人手不足が深刻化する中、AIを「事務作業の代行者」として使い、人間は「本質的なコミュニケーション」に集中する体制を構築すべきです。
2. 日本語特有の「共感」チューニングの必要性
グローバルモデルをそのまま使うのではなく、自社の組織文化や業界慣習に合わせたプロンプトエンジニアリングやファインチューニングが重要です。「どのような表現が自社らしい共感なのか」を定義し、AIに学習・指示させるプロセス自体が、自社のサービス品質を見直す機会になります。
3. リスク許容度の明確化と段階的導入
医療記録のようなミスが許されない領域では、AIの完全自動化は時期尚早です。まずは「要約のドラフト作成」や「定型的な共感メッセージの提案」といった補助的な役割から導入し、現場のフィードバックループを回しながら、徐々に適用範囲を広げていくアプローチが、日本の組織文化においては最も確実な成功ルートと言えるでしょう。
