生成AIの活用は、単なるテキスト生成から、複雑なタスクを自律的に遂行する「エージェンティックAI(Agentic AI)」へと移行しつつあります。米国公認会計士協会(AICPA)などの専門誌でも議論されているように、監査やコンプライアンス業務におけるAIエージェントの活用は、従来のサンプリング調査や目視確認の限界を突破する可能性を秘めています。本稿では、監査領域での最新トレンドを紐解きながら、日本企業が直面するガバナンス課題とAI活用の要諦を解説します。
「対話」から「自律的なタスク遂行」へ:AIエージェントの衝撃
昨今のAIトレンドにおいて最も注目すべきキーワードの一つが「エージェンティックAI(Agentic AI)」です。これは、人間が逐一指示を出さずとも、AIが目的達成のために自ら計画を立て、ツールを使いこなし、一連のワークフローを完遂するシステムを指します。
米国公認会計士協会(AICPA)関連のジャーナルでも取り上げられているように、監査や経理の実務現場では、この技術がゲームチェンジャーになりつつあります。従来、AI活用といえば「規定を要約させる」「メールの下書きを作る」といった単発の支援が主でした。しかし、エージェンティックAIは、「データ分析を行い、異常値を検出し、関連する証憑(しょうひょう)と突き合わせ、内部統制ルールに適合しているか判定する」といった一連のプロセスを自律的に実行可能です。
全数検査の実現と「判断」の高度化
日本の監査実務や内部統制報告制度(J-SOX)への対応において、AIエージェントの導入は大きなメリットをもたらす可能性があります。その最たるものが「全数検査」への移行です。
従来、膨大な取引データの監査は、リスクアプローチに基づくサンプリング(試査)に頼らざるを得ませんでした。しかし、AIエージェントであれば、数万件、数百万件のトランザクションを短時間で精査し、パターンから外れる異常な取引を網羅的に抽出することが可能です。これは、不正会計の見逃しリスクを低減させるだけでなく、監査人や企業の経理担当者が「データ集めと突合」という単純作業から解放され、「抽出された異常値が本当にリスクなのか、ビジネス上の正当な理由があるのか」という高度な判断業務に集中できることを意味します。
ブラックボックス化とハルシネーションのリスク
一方で、監査・コンプライアンス領域でのAI活用には慎重さが求められます。最大の懸念は「説明可能性(Explainability)」と「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」です。
金融商品取引法や会社法に基づく監査では、結論に至った根拠(監査証跡)が厳密に求められます。AIエージェントが「問題なし」と判定したとしても、なぜそう判断したのかを人間が追跡できなければ、監査証拠として採用することは困難です。特にディープラーニングベースのモデルは処理プロセスがブラックボックスになりがちであり、日本の厳格な監査基準や規制当局の要求にどう適合させるかが技術的な課題となります。
また、生成AI特有のハルシネーションにより、存在しない取引データを「事実」として処理してしまうリスクもゼロではありません。したがって、AIを導入する際は、「AIに任せる範囲」と「人間が最終承認する範囲」を明確に区分する「Human-in-the-Loop(人間が介在する仕組み)」の設計が不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルな監査トレンドとAI技術の進化を踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務責任者は以下の3点を意識してAI戦略を構築すべきです。
1. 「属人化」からの脱却とプロセスの標準化
日本の現場は、熟練担当者の「暗黙知」や「あうんの呼吸」で業務が回っているケースが多々あります。しかし、AIエージェントを活用するには、業務プロセスや判断基準が明確に言語化・標準化されている必要があります。AI導入の前段階として、業務フローの棚卸しと標準化を進めることが、結果としてDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させます。
2. 守りのAI活用による生産性向上
生成AIというと「新規事業創出」などの華やかな側面に目が向きがちですが、少子高齢化による人手不足が深刻な日本においては、監査、法務、経理といったバックオフィス業務(守りの領域)での省力化こそが、企業競争力を維持する鍵となります。特に、電子帳簿保存法やインボイス制度対応などで複雑化する業務において、AIエージェントによる自動化の余地は大きいと言えます。
3. AIガバナンス体制の構築
「AIが監査する時代」において、次に問われるのは「AIをどう監査するか」です。自社で開発・導入するAIモデルが公平で正確であることを誰が保証するのか。日本企業においても、AIの利用ガイドライン策定にとどまらず、アルゴリズムの透明性確保やリスク管理を行う「AIガバナンス」の専門チームや責任者を設置するフェーズに来ています。
