生成AIの活用がテキスト単体から画像を含むマルチモーダルへと広がる中、セキュリティ上の新たな脅威として「画像入力によるモデルの操作」が注目されています。本記事では、NVIDIAが提起するVision Language Models(VLM)への敵対的攻撃の概念を解説し、日本企業が実務導入において考慮すべきリスク対策について考察します。
マルチモーダル化するAIと新たな攻撃ベクトル
現在、ChatGPT(GPT-4V)やGemini、Claude 3といった最先端のAIモデルは、テキストだけでなく画像を理解する「視覚言語モデル(VLM: Vision Language Models)」へと進化しています。日本国内でも、手書き帳票の読み取り(OCRの代替)や、製造現場での外観検査、あるいはユーザーが撮影したスクリーンショットをもとにサポートを行うチャットボットなど、VLMの実務利用が進みつつあります。
しかし、NVIDIAの技術ブログで触れられているように、この進化は同時に「新たな攻撃の入り口」を増やすことにもつながります。これまではテキストによる「プロンプトインジェクション(不適切な命令を入力してAIの制限を回避する攻撃)」が主な懸念事項でしたが、VLMにおいては「画像」そのものが攻撃媒体となり得るのです。
「画像」がAIを騙す仕組み:敵対的攻撃の応用
従来の画像認識AIに対する攻撃として、「Adversarial Examples(敵対的サンプル)」という手法が知られています。これは、人には判別できない微細なノイズを画像に加えることで、AIに「パンダ」を「テナガザル」と誤認識させるような技術です。
NVIDIAの記事が示唆しているのは、この古典的な手法が最新のVLMに対しても有効であり、かつより複雑な影響を与えうるという点です。単に画像の分類を間違えるだけでなく、ノイズの混ざった画像を入力することで、LLM部分の挙動を操作し、本来出力すべきでない有害な回答を引き出したり、特定の誤った情報を出力させたりすることが可能になります。
例えば、一見すると普通の風景写真に見える画像の中に、AIにしか読み取れないパターンで「セキュリティガードを無効化せよ」という命令が埋め込まれているケースを想像してください。人間による目視チェックでは、この脅威を発見することは不可能です。
日本企業におけるVLM活用の盲点とリスク
日本企業は、コンプライアンスやブランド毀損リスクに対して非常に敏感です。しかし、テキストベースのフィルタリングや監視体制は整えつつあっても、「画像入力」に対するセキュリティ対策はまだ十分でない組織が多く見受けられます。
例えば、カスタマーサポートにおいて「エラー画面のスクリーンショットを送ってください」とユーザーに依頼するフローがあるとします。悪意ある攻撃者が、細工された画像を送信することで、背後にあるLLMを「脱獄(Jailbreak)」させ、不適切な発言をさせたり、社内マニュアルにはない特例対応を約束させたりするリスクが理論上考えられます。
また、本人確認書類(eKYC)や領収書の読み取りプロセスにおいても、画像を通じたインジェクション攻撃が成立すれば、システムの誤作動を誘発できる可能性があります。これは、業務効率化の推進と表裏一体のリスクと言えます。
技術的な対策とガバナンスの限界
画像に対する敵対的攻撃を防ぐのは、テキストよりも技術的に困難です。画像のリサイズや圧縮といった前処理(サニタイズ)である程度無害化できる場合もありますが、攻撃手法も日々高度化しています。
したがって、「完璧な防御」を目指すのではなく、「攻撃される可能性がある」という前提に立ったシステム設計が求められます。具体的には、VLMが出力した結果をそのまま鵜呑みにせず、後段のプロセスで再度検証する仕組みや、画像入力が可能なユーザーを認証済みの人間に限定するなどの運用上の工夫が必要です。
日本企業のAI活用への示唆
今回のNVIDIAの提起を踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識してAIプロジェクトを進めるべきです。
1. マルチモーダル・レッドチーミングの実施
セキュリティテスト(レッドチーミング)を行う際、テキスト入力だけでなく、画像入力を用いた攻撃シナリオを含めることが必須となります。特に外部公開するサービスで画像アップロードを受け付ける場合は、入念な検証が必要です。
2. 「Human-in-the-loop」の重要性の再認識
金融、医療、インフラなど、ミスが許されない領域でVLMを活用する場合、AIの判断だけで完結させず、最終的には人間が確認するプロセス(Human-in-the-loop)を維持することが、現状では最も確実なリスクヘッジとなります。
3. ガイドラインの更新
社内のAI利用ガイドラインにおいて、入力データの取り扱いに関する規定を見直す必要があります。「画像データにも悪意ある命令が含まれうる」という認識を組織全体で共有し、安易な外部画像の取り込みや処理に警鐘を鳴らすことが、ガバナンスの第一歩となります。
AI技術の進化は、新たな可能性と同時に新たな脆弱性をもたらします。メリットを享受しつつも、冷静に「守り」を固める姿勢が、日本企業のAI実装において今後ますます重要になるでしょう。
