29 1月 2026, 木

「振り分け」から「完遂」へ —— 生成AIカスタマーサポートの次なる進化と日本企業への示唆

米国のAIスタートアップDecagonがシリーズDで2億5,000万ドル(約370億円)の大型調達を発表しました。この動きは、従来の「問い合わせを分類して人間に回す」だけのAIチャットボットから、ユーザーの課題を自律的に「解決(Resolution)」するAIコンシェルジュへのパラダイムシフトを象徴しています。本稿では、このグローバルな潮流を解説しつつ、労働力不足と高いサービス品質が求められる日本市場において、企業がAIエージェントをどう実装すべきかを考察します。

「たらい回し」にするAIから、仕事をこなすAIへ

かつての「第1世代」のAIチャットボットや初期のAIエージェントに対し、多くのユーザーが抱いていた不満は明確でした。それは、質問をしてもFAQのリンクを提示されるだけであったり、複雑な問いに対しては結局「担当者におつなぎします」と人間へエスカレーション(転送)されるだけだったりしたことです。これらは業務の「振り分け(Routing)」には貢献しましたが、顧客の課題そのものの「解決(Resolution)」には至っていませんでした。

今回、Decagonが巨額の資金調達を行った背景にあるのは、生成AI(LLM)の進化により、AIが単なる会話相手を超え、バックエンドシステムと連携して実務を完遂する「AIコンシェルジュ」へと進化しつつあるという事実です。これは、注文のキャンセル、返金処理、予約変更といった具体的なアクションを、人間の介入なしにAIが自律的に実行できることを意味します。

日本市場における「AIコンシェルジュ」の必要性と壁

日本国内に目を向けると、慢性的な人手不足、特にコールセンターやカスタマーサポート(CS)部門における人材難は深刻です。これまでのAI導入は「オペレーターの支援(回答案の作成など)」が中心でしたが、今後は「オペレーターの代替(完全自動対応)」の領域へ踏み込まざるを得ない状況が近づいています。

しかし、日本市場には特有の難しさがあります。それは「おもてなし」に代表される高いサービス品質への期待値です。欧米では効率性が重視される傾向にありますが、日本では正確性に加え、文脈に沿った丁寧な対応が求められます。AIが勝手に誤った判断で返金処理を行ったり、不適切な言葉遣いで対応したりすることは、ブランド毀損のリスクに直結します。

そのため、日本企業が「解決型AI」を導入する際は、単に海外製のモデルを入れるだけでなく、日本固有の商習慣や自社のポリシーに厳格に基づいた「ガードレール(安全性担保の仕組み)」の設計が、技術そのもの以上に重要になります。

実務実装における技術的要件とリスク

「解決」までを行うAIを実現するためには、LLMの性能だけでなく、社内システムとのAPI連携(Application Programming Interfaceによる接続)が不可欠です。AIが「在庫を確認する」「予約データを書き換える」ためには、企業のデータベースがAIから安全にアクセスできる状態に整備されていなければなりません。

ここでリスクとなるのが、AIの「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」による誤操作です。情報を提供するだけなら誤回答の訂正で済みますが、データベースを書き換えるアクションを伴う場合、その被害は甚大になり得ます。したがって、AIに与える権限の範囲(読み取り専用なのか、書き込みも許可するのか)や、実行前に人間の承認(Human-in-the-loop)を挟むプロセスの設計など、ガバナンスの強化が求められます。

日本企業のAI活用への示唆

Decagonの事例に見られる「解決型AI」へのシフトは、日本の実務者にとって以下の3つの重要な示唆を含んでいます。

1. KPIの再定義:削減時間から解決率へ
これまでの「問い合わせ対応時間の短縮」という指標から、AIが人間を介さずに「何件の案件を完遂(クローズ)できたか」という解決率(Resolution Rate)へKPIをシフトさせる必要があります。これにより、AIへの投資対効果をより経営的な視点で評価できるようになります。

2. システム連携とデータ整備の優先度向上
AIを単なるチャットツールとしてではなく、基幹システムへのインターフェースとして捉え直す必要があります。レガシーシステムのAPI化や、AIが理解しやすい形でのナレッジベース(マニュアルや規定集)の整備は、AI導入の前段階として急務です。

3. 段階的な権限委譲とガバナンス
いきなり全ての権限をAIに渡すのではなく、まずは「住所変更」や「パスワードリセット」といった定型的かつリスクの低い処理から自律化させ、徐々に適用範囲を広げるアプローチが現実的です。同時に、AIが誤った判断をした際の責任分界点や補償フローをあらかじめ設計しておくことが、日本企業としてのコンプライアンス対応において不可欠です。

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