欧州連合(EU)は、GoogleがAndroid OSにおいて自社の生成AI「Gemini」を不当に優遇している疑いがあるとして、デジタル市場法(DMA)に基づく調査手続きを開始しました。OSレベルでのAI統合が進む中、この動きはサードパーティ製AIがどこまでスマートフォンの深部機能にアクセスできるかという、今後のモバイル戦略における重要な分岐点を示唆しています。グローバルの規制動向を紐解きながら、日本のビジネスリーダーやエンジニアが考慮すべきプラットフォーム戦略について解説します。
EUによるGoogleへの指摘:Geminiだけが特別扱いされていないか
欧州委員会は、GoogleがAndroid OSにおいて自社のAIモデル「Gemini」を優先的に統合し、競合するサードパーティのAIサービスが同等の機能やデータにアクセスすることを妨げている可能性があるとして、デジタル市場法(DMA)に基づく手続きを開始しました。具体的には、Androidのシステム深部へのアクセス権限や、ユーザーインターフェース上でのAIアシスタントの呼び出しやすさなどが争点となっています。
DMAは、巨大IT企業(ゲートキーパー)による市場支配力の濫用を防ぎ、公正な競争環境を確保することを目的としたEUの法律です。今回のケースでは、GoogleがOSの支配力を利用して、AI市場においても不当に有利な立場を築こうとしていないかが問われています。
「深い統合(Deep Integration)」がもたらすUXと競争のジレンマ
近年、スマートフォンにおけるAI活用は、単なるチャットアプリの枠を超え、OSレベルでの「深い統合」へと進化しています。例えば、画面に表示されている情報を読み取って文脈を理解したり、他のアプリを操作したり、ハードウェアボタンから即座に起動したりといった機能です。これらはユーザーにとって極めて高い利便性(UX)を提供しますが、特定のベンダー(この場合はGoogle)のAIしかこれらの機能を使えない場合、公正な競争が阻害される恐れがあります。
もし、サードパーティの開発者にも同等のアクセス権限(API等)が開放されれば、特定の業務領域や業界に特化した「専門家AI」を、OS標準のアシスタントと同じくらいスムーズに動作させることが可能になります。これは、自社サービスをアプリとして提供している多くの日本企業にとって、新たなユーザー体験を創出するチャンスとなり得ます。
日本の「スマホソフトウェア競争促進法」との関連
この動きは、対岸の火事ではありません。日本国内でも、巨大IT企業に対する規制強化の一環として「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(スマホソフトウェア競争促進法)」が成立し、2025年頃の本格運用が見込まれています。
日本のこの法律もEUのDMAと同様に、OSやアプリストアなどの基盤機能において、競合他社にも公平なアクセスを認めることを求めています。今回のEUにおけるGoogleへの指摘は、今後日本においてOS機能の開放がどこまで義務付けられるか、あるいはどのような実装が「不当な差別」とみなされるかの先行指標となるでしょう。
自社AIとプラットフォームAIの共存戦略
企業がAIを活用したサービスを開発する際、GoogleのGeminiやAppleのApple Intelligenceといった「プラットフォーム標準AI」に依存するのか、それとも自社独自のAIモデルやLLM(大規模言語モデル)を組み込むのかは、重要な戦略的決断です。
プラットフォーム標準AIは導入が容易でOSとの親和性が高い一方、データの取り扱いや機能変更においてプラットフォーマーの方針に左右されるリスクがあります。一方、今回のニュースが示唆するように、規制当局の働きかけによってOSの機能開放が進めば、自社独自AIであってもOSネイティブに近い操作性を提供できる可能性が広がります。特に、機密性の高いデータを扱う金融機関や、専門知識が必要な医療・製造現場向けのアプリでは、汎用的なOS標準AIではなく、独自にチューニングされたAIを「使いやすく」実装するニーズが高まっています。
日本企業のAI活用への示唆
今回のEUの動向と、今後のモバイルAI環境の変化を踏まえ、日本の実務者は以下の点を意識すべきです。
- マルチAI時代のUX設計:ユーザーは今後、OS標準のAIと、特定のタスクに特化したサードパーティAIを使い分けるようになります。自社のAIサービスが「わざわざ選ばれる」ための専門性と、OS機能連携によるスムーズな導線設計が差別化要因になります。
- プラットフォーム依存リスクの再評価:GoogleやAppleの提供するAI機能は強力ですが、規制動向によっては仕様や提供形態が大きく変わる可能性があります。コアとなるAI体験は自社でコントロール可能な技術スタックで構築しつつ、OSの機能開放(API)を最大限活用する「ハイブリッドな構成」を検討すべきです。
- 規制動向のモニタリング:EUのDMAや日本のスマホソフトウェア競争促進法の運用状況は、技術的な実装要件に直結します。特にエンジニアやPMは、OSの新機能だけでなく、法規制によって「新たに開放される可能性のあるAPI」にも目を向けておくことで、競合より早く革新的な機能を実装できるかもしれません。
