生成AIの進化は、人間がAIを使う段階から、AIが自律的にタスクを遂行する「エージェント型AI(Agentic AI)」の時代へと移行しつつあります。顧客の購買行動や情報収集をAIが代行する未来において、企業は「AIにいかに正しく認識されるか」という新たな課題に直面しています。本稿では、AIによるブランド誤認のリスクと、日本企業がとるべきデータ整備・ガバナンスの実務的アプローチについて解説します。
エージェント型AI(Agentic AI)とは何か
これまでの生成AI(ChatGPTなど)は、人間が入力したプロンプトに対して回答を生成する「対話者」あるいは「ツール」としての側面が強いものでした。しかし、現在急速に注目を集めているのが「エージェント型AI(Agentic AI)」です。これは、AIが目標を与えられると、自ら計画を立て、ツールを使いこなし、外部システムと連携してタスクを完遂するシステムを指します。
例えば、「来週の京都出張の手配をして」と指示すれば、スケジュール調整から新幹線の予約、ホテルの確保、レストランの予約までを自律的に行うようなイメージです。ビジネスの現場でも、SaaS間を連携させてワークフローを自動化したり、サプライチェーンの最適化を自律的に行ったりする動きが加速しています。これは日本の深刻な労働力不足を補う切り札として期待されていますが、同時に企業にとっては「自社の商品やサービスが、AIエージェントによってどう評価・選別されるか」という新たな競争軸が生まれることを意味します。
AIによる「ブランド誤認」のリスク:Ballantine’sの事例
ハーバード・ビジネス・レビューの記事では、ある著名なAIモデルがスコッチウイスキーの「バランタイン(Ballantine’s)」を「安価な大衆向けウイスキー」と誤って分類していた事例が紹介されています。実際にはバランタインは幅広いラインナップを持ち、高級レンジも擁する歴史あるブランドですが、学習データや推論の過程で不正確なレッテルを貼られてしまったのです。
もし、ユーザーのAIエージェントが「予算3万円で、上司への贈答用ウイスキーを選んで」という指示を受けた際、AIが内部的にそのブランドを「安価な大衆向け」と認識していたらどうなるでしょうか。そのブランドは候補リストから除外され、人間の目に触れることすらなく機会損失となります。
これは「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」の一種ですが、単なる情報の誤り以上に、ビジネスに直接的な打撃を与える「商流の排除」につながるリスクです。特に日本企業は「良いものを作れば伝わる」という職人気質の文化が根強いですが、AIが情報のゲートキーパーとなる時代においては、AIが理解しやすい形でブランド価値を提示できなければ、その価値は存在しないも同然となってしまいます。
日本企業に求められる「マシンリーダブル」な情報発信
では、企業はどう備えるべきでしょうか。最大のポイントは、自社の情報を「マシンリーダブル(機械可読)」な形式で整備することです。
多くの日本企業のウェブサイトは、依然として画像化されたテキストや、構造化されていないPDFファイルで情報公開が行われています。これらは人間が見る分には美しく分かりやすいかもしれませんが、LLM(大規模言語モデル)やAIエージェントにとっては、情報の抽出が難しく、誤読や無視の原因となります。
SEO(検索エンジン最適化)がGoogleのクローラーに向けた対策だったとすれば、これからはAIO(AI Optimization)あるいはGEO(Generative Engine Optimization)と呼ばれる、LLMに向けた最適化が必要です。具体的には、ウェブサイトの構造化データ(Schema.orgなど)の徹底、APIによる正確な製品データの提供、そしてAIが学習しやすいテキスト形式でのスペック情報の公開などが挙げられます。
ガバナンスとモニタリングの重要性
また、自社のブランドが主要なLLMによってどのように認識されているかを定期的にモニタリングすることも、新しいブランド管理の一環となります。もし事実と異なる情報が出力される場合は、公式サイトでの情報発信を強化し、正しい情報を学習させるためのフィードバックループを構築する必要があります。
さらに、法務・コンプライアンスの観点からも注意が必要です。自社のAIチャットボットが誤った説明をして契約トラブルになるケース(海外では航空会社のAIが誤った割引規定を案内した事例など)も出てきています。日本国内においても、消費者契約法や景品表示法の観点から、AIが生成した情報の責任所在は重要な論点となりつつあります。正確なデータを整備することは、マーケティングだけでなく、AIガバナンスのリスク低減にも直結します。
日本企業のAI活用への示唆
エージェント型AIの普及を見据え、日本の経営層や実務担当者は以下の3点を意識してアクションプランを策定すべきです。
1. PDF文化からの脱却とデータ構造化
仕様書、価格表、約款などをPDFや画像だけで公開するのをやめ、AIが解釈可能なテキストデータやデータベース形式での公開を並行して進めてください。これが「AIに選ばれる」ための第一歩です。
2. 「AIからの見え方」を監査する
ChatGPTやPerplexity、Geminiなどの主要なAIモデルで自社ブランドや製品について質問し、どのような回答が生成されるか定期的に監査(レッドチーミング的なアプローチ)を行ってください。誤った認識が定着している場合、それは広報・マーケティング上の緊急課題です。
3. 信頼性を資産にする
日本企業の強みである「信頼」や「品質」をAIに正しく認識させるには、第三者機関の認証データや、客観的なスペックデータをデジタル上で紐付けることが有効です。曖昧な表現(「極上の」「こだわりの」など)よりも、具体的な数値や事実ベースの情報を増やすことで、AIはより正確に貴社の価値を推論できるようになります。
