ChatGPTが競合であるイーロン・マスク氏のAIに関連する情報を参照元として利用していたという報道は、生成AIの学習データの在り方に新たな議論を投げかけています。AIがインターネット上の他のAI生成コンテンツを学習・参照することの実務的なリスクと、日本企業が情報の信頼性を担保するために取るべき対策について解説します。
AIが「他のAI」の情報を学習する時代の到来
最近、OpenAIのChatGPTが、イーロン・マスク氏が率いるxAI社のAIモデル(Grok)やその関連データをソースとして回答を生成していた事例が報告されました。これは、特定のベンダーが他社のデータを意図的に盗用したという単純な話ではなく、インターネット上に公開された膨大な情報をクローリング(収集)して学習する大規模言語モデル(LLM)の仕組みそのものが抱える、構造的な課題を浮き彫りにしています。
現在、ウェブ上には人間が書いたテキストだけでなく、AIによって生成されたテキストが溢れかえっています。LLMが最新の情報を学習しようとウェブを探索すれば、必然的に「他のAIが生成した情報」を取り込むことになります。これを防ぐフィルタリング技術も開発されていますが、完全ではありません。
「データ汚染」と信頼性の欠如
実務的な観点から見ると、この現象は「情報の正確性」と「出典の不明瞭さ」という2つのリスクをもたらします。
第一に、AIが別のAIのハルシネーション(もっともらしい嘘)を事実として学習してしまう「データ汚染」のリスクです。AIモデル同士が不正確な情報を循環参照し始めると、真実が何であるかの検証が困難になります。これは「モデル崩壊(Model Collapse)」と呼ばれる、AIの生成品質が徐々に低下していく現象の一因ともなり得ます。
第二に、情報のトレーサビリティ(追跡可能性)の問題です。企業がAIを活用して市場調査やレポート作成を行う際、その根拠となるデータが一次情報(公的機関や信頼できるメディア)なのか、それとも他のAIが生成した二次情報なのかが判別できなくなることは、意思決定の質を大きく損なう可能性があります。
日本企業における法的・倫理的リスクへの対応
日本の著作権法(第30条の4)は、AI学習のためのデータ利用に対して比較的柔軟な姿勢をとっていますが、これは「何でも許される」という意味ではありません。特に、生成されたアウトプットを利用する段階(享受)では、通常の著作権侵害や名誉毀損のリスクが発生します。
もし自社のAIプロダクトや社内用AIが、競合他社のAIが生成したバイアスのかかった情報や、権利関係が不明確な情報をそのまま出力してしまった場合、コンプライアンス上の問題に発展しかねません。特に日本企業は「情報の正確性」を重んじる商習慣があるため、AIの回答を無批判に業務適用することは、ブランド毀損のリスクを伴います。
解決策としてのRAGと「人による検証」
この問題に対する現実的な解の一つが、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の活用です。これは、LLMが持つ一般的な知識だけに頼るのではなく、社内データベースや信頼できる特定のニュースソースなど、企業が管理下においた外部データを検索し、その情報を元に回答を生成させる手法です。
RAGを用いることで、情報の出典を明示できるようになり、「AIがどこからその情報を拾ってきたか分からない」というブラックボックス化を防ぐことができます。しかし、それでも最終的なアウトプットの責任は人間にあります。重要な意思決定や対外的な発表においては、AIの出力を鵜呑みにせず、必ず元のソース(一次情報)を確認するプロセスを業務フローに組み込むことが不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例は、AIモデル自体が万能な知識の源泉ではないことを再認識させました。日本企業が今後AI活用を進める上で、以下の3点を指針とすべきでしょう。
- 「AIはAIを学習する」前提を持つ:パブリックなLLMは、他社のAI生成物を含んだデータを学習している可能性があると認識し、事実確認(ファクトチェック)のプロセスを省略しないこと。
- クローズドなデータソースの価値再認識:インターネット上の情報は玉石混交です。自社が保有する高品質な独自データや、信頼できる契約ベースのデータベースをRAGで連携させることが、競争優位性と信頼性の源泉となります。
- ガバナンス体制の整備:「AIがそう言ったから」は言い訳になりません。AIが出力した情報の利用ガイドラインを策定し、特に外部公開する情報については厳格な人間によるチェック体制(Human-in-the-Loop)を維持することが求められます。
