顧客が保険や金融商品、不動産などを選ぶ際、専門家への相談よりも先にChatGPTなどの生成AIで情報収集を行う動きがグローバルで加速しています。情報の非対称性が崩れつつある現在、日本企業における「人」と「AI」の役割分担はどうあるべきか、実務的な観点から解説します。
「情報のゲートキーパー」としての地位が揺らぐ時
かつて、保険や不動産、金融商品の購入において、顧客はまずブローカーや代理店といった「専門家」に相談するのが一般的でした。これは、専門的な知識や最新の市場情報にアクセスできるのがプロフェッショナルに限られていた「情報の非対称性」が存在したからです。しかし、カナダの保険業界メディア『Canadian Underwriter』が指摘するように、現在では多くの消費者がプロのアドバイスを求める前に、生成AIを使って自分自身でリサーチを行うようになっています。
これは単なる「検索行動の変化」にとどまりません。生成AI(LLM:大規模言語モデル)は、断片的な情報の検索だけでなく、個別の状況に応じた比較検討や、契約条項の要約までも高い精度で行えるようになりつつあります。その結果、これまで情報の整理や基礎的なアドバイスで付加価値を出していた仲介ビジネスは、その存在意義を根本から問い直されています。
日本市場における「信頼」と「正確性」の壁
一方で、生成AIには「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクが依然として残ります。特に日本の商習慣においては、企業に対する信頼性や情報の正確性が極めて重視されます。保険業法や金融商品取引法などの厳しい規制下にある日本では、AIが誤ったアドバイスをした場合の責任所在や、コンプライアンス上のリスク(AIガバナンス)が大きな課題となります。
顧客はAIで手軽に予備知識を得ることはできても、人生を左右するような大きな決断や、複雑な特約が絡む契約においては、最終的に「責任を持って背中を押してくれる人間」を求める傾向は依然として強いと言えます。AIはあくまで「論理的な最適解」を提示するツールであり、顧客の潜在的な不安に寄り添ったり、文脈の行間を読んだりすることは苦手とする領域です。
AIと共存する「ハイブリッド・アドバイザー」への転換
この状況下で日本の企業や専門職が目指すべきは、AIに対抗することではなく、AIを前提とした業務プロセスの再構築です。基礎的な情報提供やFAQレベルの対応、あるいは膨大な約款の照会業務などはAIやRAG(検索拡張生成)システムに任せ、人間はより高度なコンサルティングに注力する必要があります。
具体的には、顧客がAIで調べてきた内容をベースに、「その情報は一般的ですが、お客様の家族構成と将来のライフプランを踏まえると、こちらの選択肢の方がリスクヘッジになります」といった、個別具体的かつ共感性を伴うアドバイスを提供できるかどうかが勝負の分かれ目となります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの潮流と日本の実情を踏まえ、仲介・専門職ビジネスを展開する企業は以下の点に留意してAI戦略を策定すべきです。
- 「情報提供」から「意思決定支援」への価値シフト:
単に知識を持っているだけの価値は低下します。AIが提示した情報を検証し、顧客の感情や個別の事情を加味して最終的な意思決定を支援する能力(高度なコミュニケーション能力)を持つ人材の育成が急務です。 - AIガバナンスと説明責任の確立:
自社でチャットボットなどを提供する場合、回答の根拠を明確にする仕組み(引用元の明示など)が不可欠です。また、最終的なアドバイスの責任は人間が負うというスタンスを明確にし、法規制に抵触しないようガイドラインを整備する必要があります。 - 「オモテナシ」とデジタルの融合:
日本の強みであるきめ細やかな顧客対応にAIを組み込むアプローチが有効です。例えば、商談前の事前調査や議事録作成、提案書の下書きにAIを活用し、削減できた時間を顧客との対話や信頼関係構築に充てる「人間中心のAI活用」が、競争優位性につながります。
