27 1月 2026, 火

Agentic AI(自律型AIエージェント)のセキュリティ:OWASPの視点から、実務に潜む「行動するAI」のリスクと防御策を考える

生成AIの活用フェーズは、単なる対話やコンテンツ生成から、ツールを操作しタスクを完遂する「Agentic AI(自律型AIエージェント)」へと急速にシフトしています。しかし、AIがシステム連携や自律的な判断を行うようになると、従来のセキュリティ対策だけでは防げない新たな脆弱性が生まれます。本記事では、OWASPの動向やセキュリティの原則論をもとに、日本企業が自律型AIを導入する際に直面するリスクとその具体的な防御策について解説します。

Agentic AIの台頭とセキュリティ境界の変化

現在、多くの企業がRAG(検索拡張生成)による社内ナレッジ検索の導入を一巡させ、次なるステップとして「Agentic AI(自律型AIエージェント)」の検証を進めています。従来のLLM(大規模言語モデル)がユーザーの質問に答えるだけの「受動的な存在」であったのに対し、Agentic AIはユーザーのゴールを達成するために、自ら計画を立て、APIを叩き、データベースを操作し、メールを送信するといった「能動的なアクション」を実行します。

この変化は、ビジネスプロセスの自動化において極めて大きな可能性を秘めていますが、同時にセキュリティのリスク境界を大きく広げることになります。これまでの「誤った情報を出力する(ハルシネーション)」というリスクに加え、「誤った(あるいは悪意ある)操作を実行してしまう」という物理的・実務的な損害に直結するリスクへの対応が急務となっています。

OWASPが警告する自律型AI特有のリスク

Webアプリケーションセキュリティの標準的な指針であるOWASP(Open Worldwide Application Security Project)などのコミュニティでも、LLMやAIエージェントに関するセキュリティリスク(OWASP Top 10 for LLM Applicationsなど)への関心が高まっています。特にAgentic AIにおいて警戒すべきは、以下のようなリスクです。

まず、「過剰な権限(Excessive Agency)」です。AIエージェントに必要以上の権限を与えてしまい、プロンプトインジェクション(悪意ある命令)によって、本来アクセスすべきでないデータの持ち出しや、予期せぬシステム変更が行われてしまうリスクです。次に、「間接的プロンプトインジェクション」も深刻です。例えば、AIエージェントが処理するWebページやメールの中に隠された悪意ある命令を読み込み、ユーザーの意図しないままに攻撃者の指示通りにアクション(送金やデータ削除など)を実行してしまうシナリオです。

防御の要諦:権限管理とHuman-in-the-loop

これらのリスクに対抗するためには、従来の境界型防御だけでなく、AIエージェント特有のガバナンスが必要です。最も基本的かつ重要なのは「最小権限の原則」の徹底です。AIエージェントには、タスク遂行に必要最低限のAPIアクセス権限とデータ閲覧権限のみを付与し、管理者権限のような強力な権限は決して与えてはいけません。

また、重要なアクション(決済、データの更新・削除、外部へのメール送信など)を実行する直前には、必ず人間の承認プロセスを挟む「Human-in-the-loop」の設計を組み込むことが推奨されます。AIの自律性は生産性を高めますが、不可逆的な操作に関しては、まだAIを完全に信頼するべき段階にはありません。さらに、AIの振る舞いをログとして残すだけでなく、異常な連続アクセスや想定外のツール使用パターンを検知するモニタリング体制も、実運用には不可欠です。

日本企業のAI活用への示唆

日本企業がAgentic AIを業務プロセスやプロダクトに組み込む際、以下の点に留意してプロジェクトを進めることが推奨されます。

1. 既存システムの権限設計の見直し
日本の組織では、社内ネットワーク内部であれば性善説に基づき、システム間のアクセス制御が緩いケースが散見されます。AIエージェントを導入する場合、AIが「信頼された内部者」として振る舞うため、既存システムの認証・認可がザルであれば、そこが最大のセキュリティホールになります。AI導入前に、連携先システムのAPI権限を厳格化する必要があります。

2. 「承認文化」とAIのスピードのバランス
日本のビジネス習慣である「稟議」や「承認」は、AIの自律化においてブロッカーに見えますが、セキュリティの観点からは強力なガードレールになります。すべてを自動化するのではなく、リスク許容度に応じて「AIが下書きまで作成し、人間が承認ボタンを押して実行する」というハイブリッドなワークフローを設計することが、現時点での最適解です。

3. ベンダー任せにしないガバナンス策定
セキュリティ対策をAIモデルプロバイダーや開発ベンダーに丸投げするのではなく、自社のセキュリティポリシー(AI事業者ガイドライン等を参考)に基づき、自社でコントロール可能な範囲(プロンプトの入出力フィルター、自社APIのレートリミット等)で多層的な防御策を講じることが重要です。

Agentic AIは強力なツールですが、それは「諸刃の剣」でもあります。技術的な可能性に酔うことなく、冷徹なリスク評価と堅実な設計を行うことが、結果として最も速く、安全にAIの恩恵を享受する近道となります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です