生成AIの競争軸は、単なるチャットボットから、ユーザーの代わりにタスクを完遂する「AIエージェント」へと移行しつつあります。中国の主要テック企業が注力する「エージェンティック・コマース(Agentic Commerce)」の動向と、3億MAU規模の普及予測を起点に、日本企業が直面する次のフェーズの課題と機会を解説します。
「検索」ではなく「行動」するAIの台頭
生成AIブームの第一波は、ChatGPTに代表される「対話型AI」による情報検索やコンテンツ生成の効率化でした。しかし現在、世界のAI開発の最前線は、その次のフェーズである「AIエージェント(Agentic AI)」へと急速にシフトしています。特に中国のテック巨人たちは、eコマース領域における「エージェンティック・コマース」の覇権争いを加速させています。
元記事にある「3億人の月間アクティブユーザー(MAU)を持つAIエージェントが早期に出現する」という予測は、単なる楽観的な観測ではなく、WeChatやAlipayといった「スーパーアプリ」のエコシステムを持つ中国市場ならではのリアリティがあります。
ここで言う「エージェンティック(Agentic)」とは、AIが単に質問に答えるだけでなく、ユーザーの意図を汲み取り、外部ツールやAPIを操作して「行動(Action)」することを指します。例えば、「キャンプに行きたい」という入力に対して、適切な道具をリストアップするだけでなく、在庫を確認し、価格比較を行い、決済から配送手配までを自律的に(あるいは最終確認のみを人間に求めて)実行するレベルです。
なぜ中国で「エージェンティック・コマース」が加速するのか
中国市場でAIエージェントの社会実装が早い理由は、技術力だけでなく、商習慣とインフラの特殊性にあります。
第一に、決済・物流・SNSが統合されたスーパーアプリの存在です。AIが「行動」するためには、APIを通じて様々なサービスと連携する必要がありますが、中国では巨大プラットフォーマーがこれらを垂直統合しているため、エージェントがシステムを横断してタスクを完遂する障壁が比較的低いと言えます。
第二に、ユーザーの受容性です。ライブコマースに代表されるように、新しい購買体験への適応が早く、AIによるレコメンドや代行に対する抵抗感が比較的少ない傾向にあります。これは、慎重さを重んじる日本市場とは対照的な側面です。
「ハルシネーション」のリスクがもたらす実害
一方で、エージェンティック・コマースには重大なリスクも潜んでいます。LLM(大規模言語モデル)特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」が、情報出力だけでなく「購買行動」や「契約」に波及した場合、金銭的な実害が発生するからです。
誤った商品を大量発注してしまった、意図しないオプション契約を結んでしまった、といった事故は、従来の検索型AI以上のダメージを企業とユーザーに与えます。そのため、AIエージェントの実装には、AIモデルの性能向上だけでなく、トランザクションの確実性を担保する「ガードレール(安全装置)」の設計や、最終的な責任の所在を明確にするガバナンスが不可欠となります。
日本企業のAI活用への示唆
中国の急速な動きは、日本企業にとっても「対岸の火事」ではありません。国内の労働人口減少が進む中、定型業務や購買プロセスを代行するAIエージェントへのニーズは、むしろ日本の方が高いと言えるかもしれません。日本企業は以下の3つの視点を持って、次の戦略を検討すべきです。
1. 「RAG(検索)」から「Function Calling(機能実行)」への拡張
現在、多くの日本企業が社内規定やマニュアルを検索させるRAG(検索拡張生成)の構築に取り組んでいます。次のステップとして、そのAIに「会議室を予約する」「在庫を引き当てる」「有給申請を出す」といった具体的なアクションを実行させる機能(Function Calling等)の実装を計画に含めるべきです。これにより、AIは「調べるツール」から「業務を代行する同僚」へと進化します。
2. 既存システムとのAPI連携とデータ整備
AIエージェントが活躍するためには、基幹システムやECサイトがAPIで操作可能になっている必要があります。日本の多くのレガシーシステムは外部連携が困難なケースが多いため、AI導入と並行して、システム連携基盤(iPaaS等)の整備や、APIファーストなアーキテクチャへの刷新が急務となります。
3. 「おもてなし」と「責任分界点」の設計
日本の商習慣において、AIによる自動購入や自動対応が受け入れられるには、高い精度と「おもてなし」の要素が必要です。完全に自律させるのではなく、「AIが提案し、人間がワンクリックで承認する」という『Human-in-the-loop(人間が介在する)』設計から始めるのが現実的です。また、AIが誤発注した際の補償ルールなど、法務・コンプライアンス面でのガイドライン策定も、技術開発と同じ重みで進める必要があります。
