26 1月 2026, 月

AIエージェントが「顧客」になる日:観光業界の事例に見る「Agentic Commerce」のセキュリティと日本企業の対応策

生成AIの進化は、人間がチャットボットと対話するフェーズから、AIエージェントが人間に代わってWeb上で行動する「自律型」のフェーズへと移行しつつあります。観光・旅行業界向けのセキュリティソリューション事例を皮切りに、AIが商取引の主体となる「Agentic Commerce」時代に日本企業が直面するセキュリティ課題と、Botマネジメントの新たなあり方について解説します。

「対話」から「行動」へ:AIエージェントの台頭

生成AIブームの初期段階では、人間がプロンプトを入力し、AIが回答を生成するという「対話」が主役でした。しかし現在、技術トレンドはAIが自律的にタスクを遂行する「AIエージェント」へと急速にシフトしています。これは、AIが単に文章を作るだけでなく、Webサイトを巡回し、商品の比較を行い、さらには予約や決済といった具体的なアクションを実行することを意味します。

この流れの中で注目されているのが、Kasadaが観光業界向けに発表した「AI Agent Trust」のようなソリューションです。これは、Webサイトにアクセスしてくるボット(自動プログラム)の中から、悪意のある攻撃者と、顧客の代理として正当な商取引(Agentic Commerce)を行おうとするAIエージェントを識別し、適切に管理しようとする試みです。

観光業界で顕在化する課題:Bot排除から「AI選別」への転換

これまで、ECサイトや予約サイトにおけるセキュリティの主眼は「Bot対策(Bot Mitigation)」、つまり人間以外のアクセスをいかに排除するかにありました。特に日本では、人気コンサートのチケットや限定商品の買い占め(転売ヤー対策)において、Bot排除は極めて重要な経営課題です。

しかし、AIエージェントの普及は、この前提を覆します。ユーザーが「来月の京都旅行、予算5万円でいい宿を取っておいて」とパーソナルAIに指示を出せば、そのAIはWebサイトにアクセスし、空室状況を確認し、予約を試みます。企業側が旧来通り「人間以外はブロックする」という方針を貫けば、こうした「良質なAI顧客」まで締め出し、販売機会を損失することになりかねません。

一方で、競合他社による価格スクレイピングや、在庫を仮押さえする悪質なBotも高度化しています。つまり、企業は今後、「人間かBotか」ではなく、「有益なAIか、有害なAIか」を見極める高度な認証とガバナンス能力を求められることになります。

日本市場におけるリスクと「おもてなし」のジレンマ

日本企業がこのトレンドに向き合う際、特有の商習慣やリスクが障壁となる可能性があります。

まず、日本のWebサービスは利用規約(Terms of Service)で自動化ツールによるアクセスを禁じているケースが一般的です。AIエージェントによる代理購入を公式に認めるのか、認める場合はどの範囲まで許容するのか、法務・コンプライアンス面での再定義が必要です。

また、日本企業は「おもてなし」や品質への責任感が強いため、AIエージェントが誤って意図しないプランを予約した場合のトラブル対応や、キャンセルポリシーの適用範囲についても懸念が生じます。「AIが勝手にやったこと」という言い訳が通用しない商慣習の中で、AIエージェントの身元確認(Identity Verification)は、クレジットカードの本人確認以上に重要になるでしょう。

日本企業のAI活用への示唆

AIエージェントが経済活動の主体となる未来を見据え、日本の意思決定者やエンジニアは以下の観点で準備を進めるべきです。

1. 「AIフレンドリー」なインフラ整備への転換
人間向けのUI(画面)だけでなく、AIエージェントが情報を取得しやすく、かつ安全に取引できるAPIやデータ構造を整備することが、将来的な競争力になります。「Botは敵」という固定観念を捨て、適切なAIを受け入れるゲートウェイの構築を検討してください。

2. セキュリティとガバナンスの高度化
アクセスしてくるAIが「誰の代理なのか」「どのプラットフォーム(OpenAIやGoogleなど)由来なのか」を識別する技術的仕組みが必要です。WAF(Web Application Firewall)やBot管理ツールの設定を見直し、AIエージェントの挙動を可視化・制御できる体制を整えましょう。

3. 利用規約とビジネスルールの改定
AIによる自動取引を前提とした利用規約の改定が必要です。特に、転売目的のBotと、一般ユーザーの代理AIをどう区別し、どのような法的責任を課すかについて、法務部門と連携してポリシーを策定することが急務です。

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