Cybersecurity Insidersの最新レポートによると、侵害されたAIエージェントへの対処準備ができているCISOはわずか5%に留まることが明らかになりました。生成AIのトレンドが単なる「対話」から、自律的にタスクを遂行する「エージェント」へと移行する中、従来のアプローチでは防ぎきれないリスクと、日本企業が直面するガバナンスの課題について解説します。
チャットボットから「AIエージェント」へ:リスクの質的変化
昨今の生成AIブームは、人間が質問しAIが答える「チャットボット」形式から、AIが自律的に計画を立て、外部ツールやAPIを操作してタスクを完遂する「AIエージェント」へと急速に進化しています。この変化は業務効率化の観点からは極めて魅力的ですが、セキュリティの観点からは「攻撃対象領域(アタックサーフェス)」の劇的な拡大を意味します。
Cybersecurity Insidersのレポート(2026 CISO AI Risk Report)が指摘する「侵害されたAIエージェントを封じ込める準備ができているのはわずか5%」という事実は、多くの組織がこの変化に対応しきれていないことを示唆しています。AIが単にテキストを生成するだけでなく、社内データベースへのアクセス、メールの送信、コードの実行といった権限を持つようになれば、プロンプトインジェクションなどの攻撃が成功した際の実害は、情報の漏洩にとどまらず、システムの破壊や改ざんにまで及ぶ可能性があります。
「人間ではないID」の管理不全という盲点
同レポートでは、AIエージェントに対するID(アイデンティティ)のプロビジョニングや認証が適切に行われていない点が指摘されています。これは、セキュリティ業界で「Non-Human Identity(NHI:非人間ID)」と呼ばれる領域の課題です。
従来、日本企業のセキュリティ対策は、従業員のID管理や多要素認証(MFA)の徹底に重きを置いてきました。しかし、AIエージェントは24時間365日稼働し、人間よりも遥かに高速にシステム間を移動します。もしAIエージェントに過剰な権限(特権IDなど)が付与され、その管理がAPIキーの埋め込みなど杜撰な方法で行われていれば、攻撃者にとって格好の侵入経路となります。「誰が(どのAIが)」「何を」実行したかを追跡するトレーサビリティの確保も、人間への対策以上に複雑になります。
日本企業特有の課題とガバナンス
日本企業においては、稟議制度や承認フローといった人間中心のガバナンスは強固ですが、システム間の連携や自動化における権限管理は、現場のエンジニアやベンダー任せになっているケースが散見されます。
特に懸念されるのが、現場主導で導入されるSaaS連携や、RAG(検索拡張生成)システム構築時のアクセス権限設定です。例えば、AIが社内のファイルサーバー全体を検索できる状態になっていれば、本来閲覧権限のない社員がAI経由で機密情報(人事評価や経営会議の議事録など)を引き出せてしまうリスクがあります。これは外部からの攻撃だけでなく、内部統制上の重大な欠陥となり得ます。
日本企業のAI活用への示唆
AIエージェントの普及を見据え、日本企業のリーダーや実務担当者は以下の点に留意して活用とリスク対策を進めるべきです。
- AIに対する「最小権限の原則」の徹底
AIエージェントには、業務遂行に必要最小限のアクセス権限のみを付与してください。広範な管理者権限を持たせることは避け、タスクごとに細分化されたIDを発行・管理する仕組みが必要です。 - 「人間参加型(Human-in-the-loop)」の承認プロセス
決済処理や機密データの外部送信など、高リスクなアクションをAIが実行する直前には、必ず人間の承認を挟むフローを設計に組み込んでください。これにより、AIの暴走や侵害時の被害を物理的に遮断できます。 - AI専用の監視と可観測性(Observability)の確保
従来のログ監視に加え、AIの入出力(プロンプトとレスポンス)やツール利用履歴をリアルタイムで監視する仕組みが求められます。異常な挙動(大量のデータアクセスや予期しない外部通信)を即座に検知し、自動的にセッションを切断する「AIファイアウォール」のような技術の導入も検討に値します。 - シャドーAIへの対応とガイドライン策定
現場が許可なくAIツールを連携させることを防ぐため、禁止するだけでなく、安全に利用できるサンドボックス環境や認定ツールを提供することが重要です。日本の商習慣に合わせ、何が「やってはいけないこと」かを明確化したガイドラインを整備しましょう。
