24 1月 2026, 土

法務とAIの交差点:「LLM」が変えるM&A・企業法務の実務と日本の課題

AI業界で「LLM」といえば大規模言語モデルを指しますが、法曹界では「法学修士(Master of Laws)」を意味します。今回は、米国フォーダム大学ロースクールでM&A法を専攻する学生の紹介記事を起点に、この2つの「LLM」が交錯するリーガルテックの最前線と、日本企業が法務領域でAIを活用する際の実務的指針を解説します。

2つの「LLM」が示唆する法務の未来

元記事では、米国フォーダム大学ロースクールのLLM(法学修士)課程で、国際的な企業M&A法を学ぶ学生、Juan Lozano de Diego氏が紹介されています。AIの実務家にとって興味深いのは、彼が専攻する「銀行法、企業法、金融法」といった領域こそが、現在もう一つのLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)によって最も大きく変革されようとしている分野だという点です。

かつてM&Aにおけるデューデリジェンス(資産査定)は、若手の弁護士や法務担当者が膨大な契約書や資料を目視で確認し、リスクを洗い出す「人海戦術」が主流でした。しかし現在、自然言語処理技術の進化により、このプロセスは劇的に効率化されつつあります。法務のプロフェッショナル(法学修士のLLM)と、高度な言語処理AI(技術のLLM)が協働する時代が到来しているのです。

M&A・企業法務におけるAI活用の実益

企業法務、特にM&Aの実務において、生成AIやLLMは主に「情報の抽出・整理」と「ドラフティングの補助」で威力を発揮します。数千ページに及ぶ開示資料から「支配権の変更条項(Change of Control)」が含まれる契約のみを抽出したり、多言語で書かれた議事録を要約してリスク要因を特定したりする作業は、AIが得意とする領域です。

これにより、人間は「情報の収集」ではなく「法的判断と意思決定」という、より高度な業務に時間を割くことが可能になります。元記事にあるような高度な法知識を持つ専門家が、AIを「優秀なアシスタント」として使いこなすことで、企業の意思決定スピードは飛躍的に向上します。

日本企業における導入の壁:言語と法規制

しかし、日本企業がこのトレンドをそのまま取り入れるには、いくつかのハードルが存在します。第一に「日本語の壁」です。米国法の契約書データで学習したAIモデルを、そのまま日本の契約書に適用しても精度は出ません。日本の商慣習や独特の条文回し(「善処する」「協議を行う」等の曖昧な表現)を理解できる、日本法に特化したモデルやチューニングが必要です。

第二に、より深刻なのが「弁護士法72条(非弁行為の禁止)」との兼ね合いです。日本では、AIが弁護士の監修なしに具体的な法的判断や鑑定を行うことは法律違反となるリスクがあります。そのため、AIツールはあくまで「検索・整理・下書き」の支援ツールとして位置づけ、最終的な判断は必ず人間(有資格者や法務部員)が行うプロセスを設計する必要があります。

日本企業のAI活用への示唆

以上のグローバルな動向と国内事情を踏まえ、日本の意思決定者や実務担当者は以下の点に留意して法務AIの導入を進めるべきです。

1. 「Human-in-the-Loop(人間が介在する)」プロセスの徹底
AIによる契約書レビューやドラフティングは完全ではありません。ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクや、日本の法規制への抵触を避けるため、必ず専門家が最終確認を行うワークフローを構築してください。AIは「判断者」ではなく「作業者」として扱います。

2. データガバナンスと機密保持の強化
M&Aや企業法務で扱うデータは極めて機密性が高いものです。パブリックなクラウド型AIサービスに安易に契約書データを入力することは情報漏洩のリスクがあります。エンタープライズ版の契約、あるいは自社専用環境(ローカルLLMやプライベートクラウド)の構築を検討し、学習データとして利用されない設定を確認することが必須です。

3. 業務の切り分けと段階的導入
いきなり複雑なM&A契約の判定をAIに任せるのではなく、まずは「秘密保持契約書(NDA)の一次チェック」や「社内規定の検索チャットボット」など、リスクが限定的で定型的な業務から導入を開始し、知見を蓄積することをお勧めします。

法務領域におけるAI活用は、単なるコスト削減ではなく、法務リスクの検知能力を高め、経営の守りを強固にするための投資です。法学修士(LLM)のような人間の専門知と、大規模言語モデル(LLM)の演算能力を適切に組み合わせることが、今後の企業競争力を左右するでしょう。

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