24 1月 2026, 土

超富裕層ビジネスに見る「AIの限界」と「人間の価値」──ハイタッチ領域における日本企業のAI活用論

米CNBCは、超富裕層を顧客とする米国の資産運用アドバイザー(RIA)の間で、AIは新規顧客獲得の「決定打(ゲームチェンジャー)」にはなり得ないという認識が広がっていると報じました。この事例は、信頼と人間関係が最優先される「ハイタッチ」な領域において、AIをどのように位置づけるべきかという普遍的な問いを私たちに投げかけています。

AIは「信頼」を自動化できるのか

生成AIや予測AIの進化により、マーケティングや営業活動の効率化は劇的に進んでいます。膨大な市場データから有望なリード(見込み客)を抽出し、パーソナライズされたメッセージを生成することは、今や多くのSaaSツールが提供する標準機能となりました。しかし、CNBCが報じた米国の富裕層向け資産運用(RIA)の現場の声は、この技術主導のアプローチに冷ややかな視線を向けています。

記事によれば、市場データ企業が「AIこそが富裕層顧客を見つける鍵である」と売り込む一方で、実務家たちはそれを否定しています。超富裕層の顧客獲得において決定的なのは、AIによるターゲティングではなく、既存の信頼関係や紹介、そして対面での深いコミュニケーションだからです。これは、AIが「情報の処理」には長けていても、「信頼の醸成」という人間固有のプロセスを代替できないことを示唆しています。

日本市場における「ハイタッチ」とAIの距離感

この議論は、日本のビジネス環境においてさらに重要性を増します。日本は世界的に見ても「ハイコンテクスト」な文化を持ち、B2B取引や高額商材の販売において、長期的な関係性や「顔が見えること」による安心感が重視される傾向にあります。

例えば、日本の大手企業向けの法人営業や、プライベートバンキング、M&Aアドバイザリーなどの領域では、AIが弾き出したリストに基づいて無機質なアプローチを行うことは、かえって「礼儀を欠く」と見なされ、ブランド毀損のリスクすらあります。また、個人情報保護法や企業のコンプライアンス基準が厳格化する中、プロファイリングAIを用いた過度なターゲティングは、プライバシー侵害への懸念から忌避される可能性もあります。

したがって、日本企業がこの種の領域でAIを導入する場合、「AIに営業させる」のではなく、「人間がより良い営業をするためにAIを使う」という発想の転換が不可欠です。

「コパイロット(副操縦士)」としての実務的活用

では、信頼が重視される領域でAIは無用なのでしょうか。決してそうではありません。重要なのは、AIを顧客接点の「最前面(フロント)」に置くのではなく、「後方支援(バックエンド)」に徹底させることです。

例えば、以下のような活用法が考えられます。

  • 事前リサーチの深化:顧客と面会する前に、公開情報からその人物の関心事、業界動向、企業の課題をAIに要約させ、アドバイザーが質の高い対話をするための準備時間を短縮する。
  • ナレッジの即時検索:商談中に複雑な税制や規制に関する質問が出た際、社内RAG(検索拡張生成)システムを用いて、担当者が即座に正確な回答を提示できるよう支援する。
  • 議事録とネクストアクションの整理:対話に集中するために記録作成をAIに任せ、人間は「相手の感情の機微」を読み取ることに全力を注ぐ。

つまり、AIによって「事務的・分析的業務」の負荷を下げ、その分浮いたリソースを、人間にしかできない「共感」や「信頼構築」に再投資するという戦略です。

日本企業のAI活用への示唆

今回の米国の事例と日本の商習慣を踏まえると、意思決定者は以下の3点を意識してAI戦略を策定すべきです。

  1. 「効率化領域」と「信頼領域」の峻別
    低単価・大量販売のモデル(ロータッチ)ではAIによる自動化が有効ですが、高単価・関係重視のモデル(ハイタッチ)では、AIはあくまで黒衣に徹するべきです。自社のビジネスがどちらのグラデーションにあるかを見極めず、一律に自動化を進めることは避けるべきです。
  2. 「おもてなし」の強化ツールとしてのAI
    日本企業が強みとするきめ細やかなサービス(おもてなし)を、AIで補強するという視点を持つことです。AIを使うことで、顧客一人ひとりの文脈をより深く理解し、タイミングよく人間が介入するための「気づき」を得るツールとして活用するのが賢明です。
  3. ガバナンスと透明性の確保
    特に富裕層や大手法人を相手にする場合、AIがどのようにデータを扱っているかという透明性が信頼に直結します。社内データの学習利用に関する規定や、出力結果のハルシネーション(嘘)リスクへの対策を組織的に講じ、顧客に対して説明責任を果たせる体制を整えることが、AI活用の前提条件となります。

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